第18話 謝罪と祈り

 現祭司長と受肉した精霊の間に生まれた御子が存在し、その子どもが神殿と関係のない場所で育てられていたこと、その挙げ句、育ての親が自分の子どもを御子と偽って、本物の御子は行方不明であること。


 その驚愕の事実は、精霊神殿の護り手としての誇りを持つ神殿騎士達を震撼させた。

 もちろん、あまりにも重大な事柄であったので、真相を知らされたのは一定以上の階級クラスの者達のみだったが、彼らが驚愕と怒りを覚えたのは仕方のないことだろう。


「精霊神殿の信徒の方々とはこれを機会にお互いの関係性について話し合いを行うべきだろうな。まぁとりあえず、今は一番重要なことを優先するべきだが」


 神殿騎士団の銀騎士の一人であり、騎士団全体のご意見番的な立場であるゼットンがそう言った。

 年齢はすでに五十五歳になるにも関わらず現役であり、御年五十二歳となる騎士団長よりも年上だ。

 騎士団長にとって騎士団内で唯一頭が上がらない相手とも言える。

 書類仕事が中心となる幹部職を固辞し、生涯現役騎士を選んだ男であり、騎士団の尊敬を集めてもいた。


「もちろん、御子は騎士団総出で探索する。とは言え、通常業務をおろそかには出来んだろ。事態の秘匿性の高さを思えば、うかつに緊急時用の特別シフトを組むことも出来ん。まさか敵との戦い以外でこれほど頭を悩ませることになろうとは思いもしなかったぜ」


 ゼットンの言葉に答えて、騎士団長のガイストが頭を抱えながらも指示を下す。

 銀以上の階級クラスは、それぞれ千人前後の部下を有している。

 部下のシフト、つまり仕事の分担を決めるのは、彼らの大切な役割でもあった。

 ことがことであるだけに、話し合いは白熱して、それぞれの分担する役割が決まる頃には夜が明けていたのである。


「銀騎士ラルダス」

「これはダハニア補佐官」


 銀以上の神殿騎士のなかでは最も若いラルダスは、徹夜での会議の後にも関わらず涼しい顔で退室しようとしていた。

 決まった内容を自分の隊に持ち帰って、さっそく活動を開始するつもりなのだろう。

 若さと機動力があるラルダスの隊は、動きが早いことで有名だ。

 今回の件でも街の出入りや主な街道の調査など、調査速度が必要な役割が割り振られていた。


 忙しいところを呼び止められたラルダスだったが、いつもの鉄面皮が揺らぐことはなく、特に迷惑そうな様子はない。

 内心はどうであれ、物事に動揺しない様子は、上位の騎士として評価されている資質ではあった。


「実は今日も、貴殿の家にお伺いした。……いや、もう昨日、だな」


 ダハニアのその言葉に、初めてラルダスのまなざしが揺れる。


「アイメリア殿は得難い女性だ。大切にするように」

「……彼女には家の管理を任せているだけです。もちろん、ないがしろにするつもりはありませんが。若い女性なので、そういう言い方は誤解を生みます。考慮していただきたい」

「ふむ……ところで、気になったのだが、貴殿、昨日のうちにアイメリア殿にその日のうちに戻れないかもしれない、という一報は入れてあるのであろうな?」

「……いえ」


 平然と返された答えに、ダハニアの目つきが鋭くなった。


「彼女は、雇われて日が浅い。貴殿は、見習い騎士に単独の任務を与えた挙げ句、指示を出さずに丸一日放置するのか?」


 騎士団の仕事としてたとえられて、ラルダスは初めてハッとした顔になる。

 ラルダスからしてみれば、家とは休む場所という認識があったため、アイメリアにとっては仕事場であるという事実が頭から抜け落ちていたのだ。


「配慮が、足りませんでした」

「謝るのは私にではなく、アイメリア殿にであろう」

「おっしゃる通りです」


 ダハニアは深々とため息をついた。

 そして、アイメリアが愛想を尽かしてすでに出て行ってしまっていませんように……と、心のなかで精霊に祈りを捧げたのである。


 ◇◇◇


「あさ、あさ~」

「おひさま・キラキラ~」


 歌うようなささやき声に、アイメリアはハッと目を覚ました。

 一瞬、自分のいる場所がわからずに、周囲を見回す。


(調理場? もしかして夜の掃除の途中で寝ちゃった?)


 育った屋敷にいるような錯覚に一瞬陥り、すぐに今いる場所が自分を雇ってくれた騎士様の家だということに思い至る。


「あっ、ラルダス様は?」

「いない~」

「帰ってない、ね」


 のびのびと歌うようにささやき声達が答えるのを聞いて、アイメリアはホッとした。

 遅くに帰って来た主に食事を出し損ねるという不始末はやらかさなかったらしい、と安心したのだ。

 不自然な寝方をしたにも関わらず身体が辛くないのは、ささやき声達のサポートがあるおかげである。

 アイメリアは子どもの頃から、お仕置きや、単に仕事の途中でいることを忘れられて、納屋とか馬小屋とか床の上とかで寝ることが多かった。

 そんなアイメリアとずっと一緒にいるささやき声達も慣れたもので、問題がある環境で休む場合には、アイメリアが苦しくならないように温度調整や身体にかかる負担の軽減などを行うようになっていたのだ。


 慣れとは恐ろしいもので、そのせいもあって、アイメリアはそういった生活をさほど不便なものとは感じなくなっていた。

 見た目とは違い、かなりタフな少女なのだ。


「ごめんください」


 身支度を整えたアイメリアが、昨夜の残りや朝食をどうするかを考えていると、玄関を遠慮がちにノックしつつ声をかける人がいることに気づいた。

 かなり若い声だ。


「はい」


 玄関を開けると、そこには簡易的な騎士の装備をした少年が立っていた。

 十五歳であるアイメリアよりもいくつか若いように見える。


「こちらは銀騎士ラルダス様のお宅でしょうか?」

「そうです」

「では、貴女はアイメリア様、でしょうか?」

「はい」


 ガチガチに緊張していた少年は、アイメリアの答えに少し緊張を解いたようだった。


「ラルダス様からのご伝言をお伝えします」

「はい」

「昨日は連絡を忘れてしまい心から謝罪する。本日も帰宅出来るかわからない。私の食事などは用意する必要はない。予算は必要と思うだけ使うように。家の管理は任せるので、自身の健康に留意しつつ過ごしてください。とのことです」

「まぁ。ご丁寧にありがとうございます」


 少年の言葉に、アイメリアはぺこりと頭を下げる。

 伝言を命じられた少年は真っ赤になって照れた。


「いえ、自分は役割を果たしただけですので」

「ここまで走って来られたのですか? 疲れたでしょう? お茶でもいかが?」

「あ、いえ、任務がありますので!」


 いたわるようなアイメリアの言葉に、少年は慌てて敬礼すると急ぎ立ち去ってしまう。


「ラルダス様、お忙しいのね。……ちゃんとご飯を食べたり休んだりしているのかな?」


 アイメリアは、自分に気を使って伝言を寄越してくれたラルダスに感謝しつつも、その身体を心配した。

 とは言え、今、アイメリアに出来ることは、ラルダスの戻って来る家を居心地のいい場所にすることだけだ。


「どうか、ラルダス様をお守りください」


 誰にともなく祈りを捧げ、アイメリアは残りものとなった夕食で、自分の朝の食事をすませることとしたのである。

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