第7話 生活力のない男
「まぁでもこれで一安心だ。お前無茶しすぎだったからな。出世した途端どんどん顔色が悪くなるし、目つきも凶悪度が増すし、どうなることやらと思っていたんだ。今後はこんな可愛い娘がついているなら、もう大丈夫だろ」
「目つきが凶悪で悪かったな。それと、この娘とはそういう関係じゃない。失礼だろ。もう一回彼女に謝罪しろ」
「は? 可愛いって褒めただけだろ、関係については誤解してないぞ。家に帰ったら可愛い女の子が出迎えてくれる。それだけで生活が
アーキウスは、おそらく本当にラルダスを心配していたのだろう。
だがあまりにもあけすけにものを言うので、ラルダスを苛立たせる結果となっているようだ。
はたから見ると仲が悪そうに見えてしまうのだが、先程ラルダス自身が言った通り、それだけ気のおけない友達なのだろう。
そうアイメリアは考えた。
そして思わず少しだけ微笑んでしまう。
「おっ、笑うと更に可愛いな、アイメリアさん」
「見境なく口説くな! モテるんだから女に不自由してないだろうが」
「いやいや、女性を褒めるのは挨拶だぞ? 口説くんだったらこんな軽い調子ではやらないよ。ちゃんと下準備をした上で最高のシチュエーションをセッティングしてから勝負をかける」
アイメリアは、アーキウスの言動から、最初のイメージとは違う印象を受けた。
口は軽いが、根はかなり真面目な人なのではないか? と思ったのだ。
ラルダスもかなり真面目なタイプのようだし、案外その辺りで気が合うのかもしれない。
もっとも、同じ真面目さも、表現の方向性が違えば全く印象が変わってしまう。
屋敷の外の世界を知らないアイメリアだが、ほんのわずかな間に、世界というのは自分が想像していたよりも広く深いものなのだ、と理解したのだった。
ラルダスの用事も終わり、本当は忙しい身であるらしいアーキウスも早々に去り、二人は帰路につく。
「よろしくされてしまいました」
アイメリアがポツリと言う。
すると、ラルダスは慌てたように言い訳をした。
「あいつは物事を大げさに言う癖があるんだ。気にするな。アイメリアは家の雑事をやってくれればそれでいい」
「わかりました。……それで、ラルダスさまには、お好みの食材とかありますか? それと、絶対に口に出来ない食べ物、とか……」
アイメリアが問うと、ラルダスはややひるんだようだ。
「そ、それは……まさか、料理を作ってくれる。と言う意味か?」
「……? 雑事を任されたのですから、当然だと思うのですが……。あ! もしかして、お家には専門の料理人がいらっしゃる。とか?」
大きなお屋敷なら仕事は分担になる。
料理人がいるというのは、考えられることだった。
「い、いや、料理は大変だろう? 俺なら騎士団から格安で保存食をわけてもらっているから大丈夫だ。ああ、お前の分は外で食べればいい。そのぐらいは余分に給金を渡そう」
「……ラルダスさま。あの、私の仕事としてどういうものをお考えでした?」
食事を作らなくていいというラルダスに、アイメリアは嫌な予感がして尋ねた。
「ん? 繕いの腕が見事だったことからして、そういった雑事が得意と見たのでな。家の掃除や、片付け、儀礼用の服の管理や、まぁときには簡単な直し、なんかも急ぎの場合はしてもらうかもしれない」
「……ラルダスさまのお家は、ものすごく広いお屋敷で、私のほかにも働いている方がいらっしゃる、とか?」
「ん? いや、俺一人で住んでるだけだ。騎士団から支給された家は一軒家だが、屋敷というほどのものではないぞ。もちろん寮の部屋と比べれば、何倍も広いけどな。ああ、鍛錬用の庭はやたら広いが、あそこは鍛錬に使うだけだから、手を入れる必要はない。そのままで大丈夫だ」
「……ラルダスさま。住み込みの使用人で、お家の管理を任されるなら、料理人がいないお家の場合、料理も使用人の仕事です。もし奥方さまがいらっしゃるのなら、そのご指示に従うものですが……」
「は? 奥方なんぞいないぞ!」
驚いたように否定するラルダスに、アイメリアの眉間にシワが寄る。
奥方もいないし、使用人の一人もいない家で、片付けも料理も出来ない男が一人で生活していた、という事実について、考えてみたのだ。
「……やりがいのあるお仕事になりそうです」
アイメリアはにっこりと笑って見せたのだった。
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