第8話 義父の悪巧み
アイメリアが新しい自分の居場所を見つけた頃、アイメリアを追い出した育ての両親と義理の姉は、これから自分達に訪れるバラ色の未来を思い描いていた。
「お父さま、わたくしがアイメリアです。お会いしとうございました!」
「うむうむ、あまりの愛らしさに感動すること間違いなしだ。素晴らしいぞ、メリアよ」
まるで舞台女優のような娘の演技に称賛を贈るのは、ホフラン・ザイス。アイメリアの義理の父だった男だ。
一代で巨万の富を手にしたとされ、立身出世を夢見る者達から羨望のまなざしを向けられる豪商でもある。
富を得た者は、金だけでは手に入らないものを得ようとすることがあるが、このホフランという男もその一人だった。
精霊などひとかけらも信じていないにも関わらず、精霊神殿に巨額の献金を行っていたのも、名声を得るためのパフォーマンスの一つである。
そのパフォーマンスが、ホフランにさらなるチャンスを呼び込んだ。
十五年前、ホフランは精霊神殿から秘密裏に
そして、赤子を成人まで大切に育てることが出来る者を探している、との相談を持ちかけられたのである。
人一人を育て上げるには、豊かな環境が必要であり、同時に神殿の都合として赤子を育てるのは強い信仰心を持つ者でなければならなかった。
そこで精霊神殿に多額の献金を行った者から選ばれた結果、ホフランに話が来たのだ。
ホフランは、これぞ天が自分に与えたチャンスと考えた。
何しろ、ホフランには、一年前に生まれたばかりの娘がいる。
子どもを育てる環境は整っていた。
案の定、ホフランの主張は受け入れられ、赤ん坊を預かって育てる役目を仰せつかることとなる。
もちろん、タダ働きではない。
一人の子どもを育てるには十分以上の金が毎年届けられた。
ホフランはその金を、アイメリアのためではなく自分の本当の娘に贅沢をさせるために使ったのだが、他人を疑うということを知らない甘っちょろい神殿関係者に気づかれることはなかったのである。
そして、ホフランは預かった赤子を育てる一方で、その身元を探った。
神殿側は赤子についての情報を伏せていたが、どのような場所にでも口の軽い者はいる。
とある神殿関係者が、ホフランの手の者がたくみに誘った酒の席で、単なる噂として話したのが、神殿の最高位である祭司長のスキャンダルだ。
精霊神殿では、精霊に直接仕える者は家族との縁を切らねばならない。
精霊をその者の第一とするためだ。
残された家族への支援は十分に行うため、それほど問題にはされていないが、悲しい別れではある。
当然、ホフランも、神官がより上位に昇るために赤ん坊を切り捨てたのだろう、とは予想していた。
いずれ娘をネタに、さまざまな要求を通すつもりで、その投資として赤ん坊を預かったのだ。
だが、現祭司長の場合は少々事情が特殊だった。
十五年前突然の抜擢となった祭司長は、【精霊に愛されし者】と言われている。
なんでも人となった精霊と夫婦の
そして祭司長の母親のわからない赤ん坊こそが、人として生きた精霊と祭司長との間に生まれた子どもである、とされているらしい。
神殿の掟がある以上、祭司長の娘として神殿で育てることは出来ないが、精霊を
そのため、富があり、信心深い者を育ての親として選んだという、少々あやしげな話である。
いずれ祭司長は成人した娘を精霊神殿の巫女として迎え、聖なる乙女として神殿の象徴的存在とする予定らしい。
その話を知ったホフランは企んだ。
子どもの入れ替え、を。
自分の本当の娘は事故で
愛称をメリアとすれば、アイメリア呼びに慣れていないという状況もごまかせるだろう。
ホフランは、裏の事情を知ってからさらに十年程、状況が変化したときのために本物のアイメリアを手元に置いていたが、入れ替えが完璧に完了すれば本物のアイメリアの存在は邪魔でしかない。
とは言え、自分の手で始末してしまっては、もしことが発覚したら危険すぎる。
何かあったとしても、自分のせいではないと主張するために、世間知らずの娘を一人で着の身着のまま追い出したのだ。
この街で、身寄りのない娘が一人で生きていくことは出来ない。
せいぜい悪い連中に
世間を知り尽くしたホフランはそう考えた。
人生とは
自身も成り上がりの身、これまでの人生で何度もままならない経験を経て成功者となったホフランだった。
しかし成功した途端、愚かなことに世間が自分の思いのままになるものと錯覚してしまったのである。
皮肉なことに、アイメリアをただ追い出したことこそが、ホフランの人生最大の失敗となり、一方で、アイメリアの人生を救うことにつながったのだった。
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