第67話

「私はカインさんのことが好きではありませんでした。でも、周りに勧められるがまま、彼と付き合っていました。ですが、ルークさんと出会って、ルークさんのことを好きになり――カインさんと別れてルークさんと付き合うことを、私は自分の意思で決めました。

 もちろん、そういう方向に持っていきたい、というシャロンさんの思惑そして策略もあったのでしょう。ですが、最終的に決断したのは私です。

 シャロンさんは『私がカインさんの恋人だったから近づいた』とおっしゃいましたね。それは正直ちょっと複雑な気持ちになりましたが、でも今はきっと、私のことを『勇者の元恋人』ではなくて『一人の友達』として接してくれているのだと、私は思っています。

 動機はどうであれ、ルークさんを私に紹介してくださったことは感謝しています。シャロンさんがいなければ、私がルークさんと知り合うことも付き合うこともなかったですし、カインさんと別れることもなかったですから」

「アリシア……」


 と、シャロンは言った。ちょっと感動してるっぽい。


「まあ、カインさんの弱体化のために、私を利用したことに関しては、ちょっとむっときていますけれど」


 アリシアは頬をわずかに膨らませて言った。


「……すまん」

「許します」


 緊迫した空気が、一気に緩んだ。

 お人好しで温暖なアリシアだからほとんどまったくと言っていいほど怒らなかったのであって、これが一般的な聖王国民だったら激怒したり、三人が魔族というだけで憲兵や国軍にそのことを密告しようとしたかもしれない。


 シャロンはアリシアの性格を熟知したうえで、まず激怒したり絶縁することはないだろうと推測し、部下のうっかり発言を契機として、隠していた事情を話した――。

 ……どうだろう? さすがにそこまで考えてはないか……?


 俺も何か言おうと思ったのだが、その前にエルナが口を開いた。


「あー……ところで、勇者パーティーの四人なのですが、一体どこに逃げたと思いますか?」

「さあな」シャロンは答えた。「だが、聖王国にあやつらの居場所はないだろうから、逃げるとしたら国外か――んん……」


 何か思いついたのか、シャロンは深く考える。

 なるほど。聖王国の外に行けば、指名手配の効果はなくなる。もちろん、国境を越えるのはそう簡単なことではないが、あの四人なら不可能ではないだろう。


「そういえば、この町――ツヴァインは国境近くにあるのだったな」

「ああ、そうだな」


 俺は頷いた。


「そして、隣の国とは敵対関係とまではいかないものの、友好国ではない」

「ああ」


 シャロンが何を考えたのか、俺は理解した。


「カインはおそらくアリシアのことをまだ諦めてない」シャロンは言った。「だとすると、国境を越える前にこの町にやってくるかもしれない」


 そんなことあり得ないだろ――とは言えない。その可能性は十分にあり得る。

 カインがアリシアに会いに来たとして、アリシアが奴のことを拒絶したら、奴は一体どのような行動を取るだろうか?

 カインは素直に立ち去るような諦めのいい人間ではない。とすると、彼が選び取るだろう選択肢は――。


「アリシアを攫っていくか、アリシアを殺すか」


 シャロンは言った。


「カインがツヴァインにやってきたとしたら、このどちらかを実行するだろう。……まあ、おそらくは前者だろうな」


 アリシアは驚き、目を見開いている。


「そ、そんな……」

「安心しろ。この吾輩と優秀な部下が警護してやる。お前らは安心してのんびりと日々の生活に励むがよい」


 シャロンは胸を叩いて、自信満々に言った。

 ここまで言うのなら、カインのことは彼らに任せて、俺たちは普段通りに生活すればいいか。もっとも、カインたち勇者パーティーがツヴァインにやってくるとは限らないんだがね……。

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