第60話side勇者パーティー(+馬車の御者)

「……なあ、僕たちはどんな理由で呼び出されたと思う?」


 カインは仲間に尋ねた。

 馬車の客車の中には、勇者パーティー四人しかいなかった。軍人たちは他の馬車に乗っている。彼らは四人が逃亡を企てるとは考えていないようだ。

 実際、四人はまだ逃亡する気はない。逃亡したらどうなるか、うまく想像することはできなかったが、まずいことになるのは間違いない。


 とりあえずは王都に行く。国王に呼び出された理由がわからないので、うまく心構えをすることができない。軍人は何も教えてくれなかった。

 王都に着くまでやることがない。だから、仲間たちとともに、呼び出された理由を推測してみることにする。もしかしたら、正解にたどり着くかもしれない。


「わからねえ」ダリルは首を振った。「だが、良い理由じゃねえってことは確かだろうなぁ……」


 そう言って、疲れたように大きくため息をついた。


「もしかしたら……我々の悪事がすべてバレてしまったのかもしれませんね……」


 ロニーは小さめの声で言った。


「だとしたら、少なくともカインの勇者の称号は剥奪されるでしょうね」

「この僕が勇者じゃなくなったら――」

「聖剣は没収されますね」


 聖剣は勇者の証である。

 カインが勇者でなくなったら、新たな勇者が選ばれ、その者に聖剣が譲渡される。


「今までは、わたくしたちは『勇者パーティー』ということで、様々な恩恵を受けてきました――」


 アニタは青ざめた顔で、呟くようにぼそぼそ言った。


「――ですが、カインさんが勇者でなくなったら、わたくしたちもただの人になり、その恩恵がすべてなくなります」

「おいっ、どうにかならねえのかよっ!?」


 ダリルが悲痛な声で叫んだ。

 カインが勇者であることによって受けた恩恵は、とてつもなく大きなものだった。そして、その恩恵は勇者本人以外にも――彼の三人のパーティーメンバーにも与えられた。

 三人は今まで散々甘い蜜を舐めつくした。いまさらそれを捨てて、元の生活に戻ることなんてできない。それは、一度上げた生活水準を下げるのが難しいのと似たような感覚だ。


「……どうにも、なりませんね……」


 アニタは寂しげに微笑んで、ゆるゆると首を振った。


「僕たちにできることといえば……」


 ロニーは外の景色を眺めながら、


「……ただひたすらに、国王に謝罪することだけ」

「謝ったらどうにかなるのか?」とダリル。

「おそらく、僕たちが謝ったところでどうにもなりません。焼け石に水です」


 ですが、とロニーは続ける。


「魔王をすぐに討伐してみせる、と約束すればあるいは……」

「そうか、魔王……」


 そもそも、勇者の役目・使命は、魔王国の長たる魔王を討伐することだ。しかし、四人は魔王を倒しに魔王国へ赴くのを面倒くさがって、勇者の名の力を用いたりして遊び惚けていた。

 本来の目的をほとんど忘れていたのだ(あるいは、放棄していた)。四人の悪事が仮にバレていなかったとしても、勇者をクビになるのは時間の問題だった。


 しかし、『終わり良ければすべて良し』というわけではないが、魔王を討伐することさえ成功すれば、今までの、悪事や怠惰や放蕩を含めた諸々のネガティブなポイントは、すべて水に流してくれるはず。


(これだっ!)


 カインは思った。希望が見えた。


「よし。魔王討伐のことを国王に話そう」

「でも、問題が……」アニタは言った。「わたくしたちは魔王のことをほとんど何も知りません。一体、彼がどのような人物なのかも……」


 魔王。

 魔の『王』なのだから男のはずだ、と四人は思い込んでいた。

 カインは通信結晶を通して、魔王と会って喋っているのだが、勘の鈍い彼はそのことに気づく素振りを見せない。


「そんなことは些細な問題だ。魔王国に行って、魔族の奴らを片っ端から殺しまくれば、そのうち姿を現すはずだ」

「なるほど」

「それに、実際にすぐに討伐できるかは重要じゃない。重要なのは国王を納得させられるかどうかだ」


 というわけで、四人は国王に『魔王をすぐに討伐してみせるから、もう少しだけ待ってほしい』と頼み込むことにした。


 ◇


 馬車の御者は、客車から漏れ聞こえた四人の会話を聞いて、思わず苦笑してしまった。

 考えが甘すぎる。どうして彼らは、自分たちが処刑されるかもしれない、という考えを抱かないのだろうか? ……いや、抱けないのか? のんきな連中だ。


 彼らが今までに犯した罪の数と重さは、多少の横暴が許される(目をつぶってくれる)勇者であっても許されない、それを差し引いても死罪に値するほどの罪だというのに。

 彼らは理解していないのだ。自分たちの罪深さを。


 少し自らのことを客観視すれば、すぐに見えてくるというのに――いや、それができていたら、彼らはこんなに罪を犯していない、か……。

 御者の男は侮蔑を込めて、四人に聞こえないように小さく呟いた。


「まったく……度し難く馬鹿で愚かな連中だ」

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