第54話side魔王部下


 エルナとエルマは近くの酒場に入ると、酒とつまみを注文した。一仕事を終えたご褒美みたいなものだ。彼らは自らに褒美ばかり与える。


「さあて、この後どうなりますかねー」

「勇者たちが大人しく捕まるとはとても思えないな」

「うーん、だとしたら、憲兵さんたちを殺っちゃったりするんですかねー?」

「さすがに奴らもそこまで愚かではないだろう」


 と言うのと同時に、彼らなら殺しかねないかもな、とエルマは内心思っていた。二つの可能性を天秤にかけると、『さすがに殺さないだろう』というほうに傾いた。これは、そうであってほしい、という願望かもしれない。


「じゃあ、エルマはどうなると思います?」

「わからん」


 そう言うと、エルマはやってきた酒に口をつけた。

 二人とも酒が好きで、よくこうやって酒場にふらりと入って、一緒に酒を飲みながらよもやま話をする。二人の関係は姉弟というよりも、友人みたいだった。

 エルナも同じように、ぐびぐび酒を飲む。


「この後、どうします? 魔王様に報告しちゃいます?」

「……ああ、そうだな」


 正直、あまり報告したくはなかったが、どうせいつかはしなければならない。


「あー、こうして酒飲んでるのバレてたらどうしよう……」

「酒くらい飲んだっていいだろ」

「ええ。ちゃんと仕事をしていれば、の話ですけどね……」

「俺たちはきちんと仕事をこなした」


 エルマははっきりと言った――後、


「……まあ、シェリルが殺されてしまったことは置いておいて」


 と、ぼそっと付け加えた。


「……」

「……」

「シェリルっていう方の価値は、いかほどのものだったんでしょうかね?」

「……確か」


 と、エルマは酒を飲みながら思い出そうと努める。


「魔王様が言っていた『プロジェクトNTR』とかいうふざけた名前の計画――」

「ああ、なんかありましたね、そんなの」

「それは、勇者の恋人を寝取ることによって、奴の精神に甚大なショックを与え、聖剣の威力を低下させ、奴を屠るなりなんなりする、というものだったはずだ」

「ええ」


 エルナは頷いた。

 計画の名前や内容とは裏腹に、その効果はなかなかのものだ。


「で、シェリルの立ち位置は……勇者の恋人の現恋人――つまり、魔王様の協力者――の元恋人なわけだ」

「う、ううん……?」


 勇者の恋人の現恋人の元恋人。

『恋人』というワードが三回も出てきて、非常にわかりづらい。


「しかも、勇者の恋人を寝取った男――ルークは、勇者に元恋人であるシェリルを寝取られたのだったな」

「ええい、ややこしいっ!」


 エルナはテーブルを叩いた。フライドポテトの山が崩れた。


「つまりだな」エルマは言った。「我々にとって、シェリルという女の価値はほとんどない」

「うん。ですよね」


 二人はむしゃむしゃとフライドポテトを食べた。


 シェリルが殺されたとき、二人は今のように酒場で酒を飲んでいた。つまり、仕事を放棄――というか、サボっていたわけだ。

 とはいえ、仮にサボらずに監視をしていたとしても、勇者の蛮行を止めることはできなかった可能性が高い。


 なぜなら、二人に勇者を直接止める権限はないし、仮にシャロンの命令に逆らって勇者に戦いを挑んだとして、魔族特効の聖剣でバッサリ斬られて殺されていただろうからだ。

 二人にできたことといえば、せいぜい憲兵を呼ぶことくらいのものだ。


 ――というわけで、二人は自分たちの不手際(サボり)を責めるのをやめた。

 話題はそして最初に戻る。


「さあて、この後どうなりますかねー」

「わからん。どう動くかをここでのんびり待とうじゃないか」

「ですねえ」


 二人は酒のお代わりを注文した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る