第52話side魔王部下
放火魔もとい勇者パーティー四人は、シェリル宅から立ち去った。彼らは誰にも犯行を目撃されていないと思っていたが――
――それは大きな間違いだった。
「ありゃりゃ。放火しちゃいましたね」と女は言った。
「ああ、放火したな」と男は言った。
「どうします?」
女は相方に意見を求めた。
「うーむ、どうするか……悩みどころだな」
「このまま放っておいたほうが、勇者たちの罪は重くなりますけど、でもそうすると、関係ない人もたくさん死んでしまいますし……」
火の勢いは段々と強くなっている。
二人が消火しなければ、自然に消えることはない。誰かが火に気づいて消火しようと思ったときには、時すでに遅しとなっている可能性が高い。
勇者のことだけを考えれば、放置して傍観に徹しているのがベストと言える。しかし、近隣住民のことを考えれば、消火するべきだ。
「まあ、俺たちにとって何らかかわりのない人間だから、死んでもどうということはないのだがな」
男はそう言いつつも、
「だが……あまり人を見殺しにするのはな……。良心の呵責に耐えかねる」
「あなた、良心の呵責なんて立派なもの、持ち合わせていたんですか?」
「もちろん。俺も善良な人間だからな」
「俄かに信じがたい」
「ああ、それと……」
男は消火すべき理由を一つ追加する。
「死体を灰に変えられるのは困るな」
「そうですか? 前に仕込んでおいた録画結晶に、全部ばっちり犯行映ってるでしょ?」
「ああ、そういえばそうだったな……」
二人は前にシェリル宅に侵入して、録画結晶をインテリアのように部屋の片隅に設置しておいたのだ(回収済み)。
「ま、いいや。放火するときの映像も撮れましたし、ささっと消火しちゃいましょう」
建物の陰に気配を殺して、透明人間のように潜んでいた二人は、すっくと立ちあがると、シェリル宅へと向かった。
◇
彼らは魔王シャロンの部下である。
赤い髪の女がエルナ。
青い髪の男がエルマ。
二人は上司であるシャロンに命じられて、勇者の監視を行っていたのだが……任務の途中で食べ歩きをしたり、酒場で酒を飲んではしゃいだりと、のんびり遊んでいたところ、戻ってきたときには、シェリルが死体へと様変わりしていたのだ(そのときに、設置してあった録画結晶を回収した)。
「エルマ、あたしたち、魔王様に叱られちゃいますかね?」
「どうしてだ? 致命的なミスは犯してないぞ」
「シェリルとかいう人、殺されちゃったじゃないですか」
「それは……まあ、仕方がない。誰にだってミスはある。残念ではあるし、ミスでもあるが、致命的というほどではない」
「そっか。そうですよね」
二人はミスのことを忘れようとした。眼前にはメラメラと燃えるシェリルの家。今、ここで消火すれば、ボヤと言えなくもない。
「じゃ、消火しちゃいましょうか」
「そうだな」
二人は手を火に向かって突き出すと、
「「――〈水生成:ジェネレイト・ウォーター〉」」
二人の手のひらの先の魔法陣から、水がどばどばどぼどぼ、と射出される。その水がかかると、火の勢いが見る見るうちに衰えていき――やがて消えた。
「消火完了」
エルナは言った。
「……むっ」
人の気配を感じたエルマが振り返った。
近隣住民と思しき、三、四〇代の主婦(?)たちがこちらへやってきた。夜の闇の中で輝く炎に吸い寄せられたのだろう。
「あれ? その家、燃えてなかったかしら?」
「あ。あたしたちが消火しましたよー」
と、エルナが答える。
「あら、そうなのね。ありがとう」
「家の人は留守なのかしら?」
エルナとエルマは顔を見合わせ、それからにっこりと笑う。
「あれ? なんか家の鍵開いてません?」
エルナはわざとらしくそう言うと、好奇心旺盛の主婦たちがドアを開けて、家の中へぞろぞろと入っていった。
そして――。
「きゃあああああっ!」「いやああああっ!」「ひ、人が死んでるわっ!」「死体だわっ!」「誰か、憲兵を……憲兵を呼んでっ!」
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