第5話

 転移した先はどこかの部屋の中だった。全体的に輝いていて(つまり綺麗で)、とても広い。宿屋、だろうか……? といっても、俺が泊まっていた宿屋と比べると天と地ほどの差がある。もちろん、俺が地のほう。


「さて」


 と呟いて、女はベッドに腰かけた。

 俺は立ったまま、もう一度「……あんた、誰?」と尋ねた。


「まずは自分から名乗れ」ぞんざいな口調だった。

「……俺はルーク」仕方なく自分から名乗った。「冒険者をやっていて、その……恋人をだな、あの勇者に寝取られた」

「知ってる」

「知ってる?」


 知ってるって……どういうこと? 何を知ってるっていうんだ?


「お前が『恋人を寝取られた』ってことを、だ」

「そんなこと、どうして知ってるんだ?」俺は訝しむ。

「吾輩はここ最近、勇者のことをこっそり観察していてな。お前の恋人と勇者が密会してるところも目撃している」

「どうして勇者のことを観察してるんだ?」疑問に思って尋ねた。「もしかして、あんたもあいつのことが好きだったりするのか――」

「アホか! そんなわけ、なかろう」


 女は顔をしかめて強く否定した。よほど、不快だったようだ。


「吾輩はだな、あの男の弱みを探っていたのだ」


 勇者カインの弱み。

 人間誰だって弱みがある。そして、そこを突かれると、いともたやすく崩れ去る。カインの弱みを握れば、様々なことができる――。

 この女はカインの弱みを知って、どうするつもりなんだ……?


「カインの弱みを知ってそれで――」

「弱体化させる」

「……弱体化?」


 この女の意図がいまいちわからない。カインを弱体化させて、それで……殺す、とか? 例えば俺のように、カインに強い恨みを持っていて、それで奴が勇者であることなんて無視して、自己満足のために殺す?


「この先は、契約を交わしてからだな」


 女が指を鳴らすと、宙に裂け目ができた。そこに腕を突っ込むと、一枚の契約書を取り出し、俺に渡した。


「これは……?」

「見ての通り、契約書だ」女は言った。「これにサインして、血判を押せ」


 契約書には簡潔にいうと『シャロン様に絶対服従。裏切ったら、爆死します』的なことが書かれていた。とんでもない契約だ。しかも、爆死って……とんでもない死に方だな。


「いやいやいや、ふざけるなよ。俺に奴隷になれっていうのか?」

「吾輩の奴隷になれる。これほど光栄なことは、世界にそうはないぞ」

「あのね……」


 俺は呆れた。どんなに綺麗な女性であっても、その奴隷になんかなりたくない。奴隷になることが光栄なんてありえない。


「俺は奴隷になんてなりたくないし、そもそも裏切る以前にまだあんたの仲間になったわけじゃないし。まあ、確かに勇者に――カインに復讐はしたいけどさ。でも、具体的な話を聞かないことには、何とも言えないよ」

「ふううーむ」


 女――シャロンは契約書を破り捨てると、腕組みをした。


「致し方あるまい。我が計画の全容を、特別に特別に、お前に話してやろう」シャロンは言った。「ただし、他言無用だぞ?」

「わかった。他言はしない」


 俺が頷くと、シャロンは話し始めた――。

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