第3話

「やあ、ルークくん」


 俺の放った一撃は、いともたやすく受け止められた。


「なっ……」


 俺は絶句した。

 カインに動揺は一切なく、余裕がみられる。振り向きざまに俺の名を呼んだことから、奴は俺が尾行していることに気づいていたのだ!


「単細胞の考えることは、とても単純だなあ」


 カインは俺の手首を締め付けた。鋭い痛みに手から力が抜け、ナイフが滑り落ちる。それをキャッチすると、刃先をじっくりと見る。


「ほう、毒か……」カインは言った。「速効性かな? 遅効性かな?」


 計画が失敗した俺は、その場から逃げようとした。いったん逃げて、態勢を立て直そう。ナイフを奪われた俺に、カインを殺す手段はない。

 しかし、手首を掴まれていて逃げ出せない。左手で殴り掛かるも、あっさり避けられ、空を切る。


「くっ、放せ!」

「わかった、放すよ」カインは手の力を緩めた。「ああ、それと……このナイフも返そうじゃないか」


 残虐な笑みを浮かべると、俺の肩にナイフを突き立てた。


「ぐああっ……!」


 俺は呻きながらも、脱兎のごとく逃げ出した。走りながら、肩のナイフを引き抜いて捨てる。

 魔法による追撃を喰らわせてくるんじゃないか、と思ったが、幸いそんなことはなかった。人が多いからだろう。こんなところで魔法を使うのは目立ちすぎる。それに、俺以外にも魔法が当たってしまうかもしれない。大勢に被害を与えるのは、勇者としてまずい、とでも思ってくれたんだろう、多分。


「さあて――」


 どうしようか、とカインは首を傾げた後、獰猛な獣のような笑みを浮かべて、静かに淡々と追ってきた。

 俺はすぐに細い路地へと逃げ込んだ。振りきれるんじゃないか、と思ってそのまま走る。多分、そのまま大通りを逃げるのが正解だったのだろう。振りきれるだなんて、どうして思ってしまったんだろう?


 よく知らない道を適当に走る。

 カインも冷静に走って追っている。狩りを楽しむような気分なのか……?


 やがて、道の先が行き止まりとなった。

 やばい。まずい。どうする? 今から道を戻れば、カインと鉢合わせするぞ……。殺される。プライドを捨てて、謝罪するか? いや、謝ったところで殺されるだろうし、あんな奴に謝りたくない!


「どうするどうするどうする?」


 壁を登ろうかとも思った。そんなこと、俺にできるはずがない。よじ登るために必要な出っ張りはないし、魔法も大して使えない。

 復讐しよう、となんて思わなければよかったのか?

 いや、それは間違いじゃない。俺の復讐には正当性がある。


 俺は死を覚悟した。

 どうせ、ナイフに塗った毒でそのうち死ぬ。解毒剤は持ってきていない。もし仮に、逃げ切れたとしても、解毒剤を飲むまでもつかどうかもわからない。

 それなら、戦おう。

 魔法を撃たれる前に、剣で斬り裂かれる前に、顔をぶん殴ってやる! 殴って殴って、殴り殺してやる!


 勝てる確率はどれくらいだ?

 1パーセントか?

 いや、もっと低いだろう。

 だが、それでも――と、そのとき。


「おい、お前」


 と、声をかけられた。


「勇者に復讐したくはないか?」


 それは、悪魔のささやきのようにも聞こえた。

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