第2話

 俺は恋人を勇者に寝取られ、どん底に叩き落された――それが昨日の話で。

 今は宿屋のベッドに寝転がって、天井をただぼんやりと眺めながら、これからどうしようか考えていた。


 寝取られたものは仕方がない、と割り切ることなんてできない。

 シェリルに対する憎しみはもちろんのこと、勇者カインに対しても強い憎しみがわいてくる。どちらかというと、カインのほうが憎い。

 あんなどうしようもない男が、救国の英雄――勇者であることが許せない。あんな奴が国を、世界を本当に救ってくれるのか?


「ああ、くそっ……」


 ベッドを叩いて起き上がる。

 許せない。憎い、憎い……。

 一日経っても、憎悪の炎は弱まるどころか、むしろ強く大きくなっている。


 リュックサックの中から、折りたたみ式のナイフを取り出した。こんな小さなしょぼいナイフでも、人を殺すことはできる。

 勇者といえど、ただの人間。心臓を抉られれば死ぬに決まっている。こっそりばれないように近づいて、このナイフで一刺しして殺す。その後に、素早く逃亡する。シンプルだが、悪くない計画だ。

 だが、一刺しで殺すためには、的確に急所を貫かなければならない。それが、俺にできるかというと、技量的に少し難しい。


「うーむ……」


 何か良さそうなアイテムはないか……。

 目に留まったのは、前にクエストで使用した毒だった。小瓶に入った猛毒。死に至らせるにはいささか時間がかかるが、効果は抜群だ。

 小瓶の栓を抜いて、毒をナイフの刃に薄く塗った。

 フードのついたローブをまとった。フードで顔を隠すためだ。刃をおさめたナイフをポケットにしまう。


「よしっ!」


 俺は宿を出た。

 勇者カインがどこにいるのかわからないので、とりあえず俺の家(元俺の家?)へと向かう。近くの空き小屋の壁にもたれて、様子を窺う。


 しばらくして、カインが家から出てきた。周囲に人は少ない。人気のない場所だと、自然に近づくのが難しい。近づく前に悟られる。走って突撃しても、魔法で反撃されるだけだ。

 距離を取って、カインの後をつける。


 カインは大きな通りへと向かった。買い物でもするのだろう。通りは当たり前だが人が多い。人が多いところで殺すのはな……。

 ……いや、人の往来が激しければ、カインに近づくのも容易だし、不自然さを感じさせない。近づいてナイフで刺して、人ごみに紛れて逃亡。完璧だ。


 俺は深呼吸をすると、カインとの距離をじわじわと詰めていく。

 カインは前を向いたまま歩いている。もうすぐ自分が死ぬなんて知らずに、のんきに歩いている。

 もうすぐ、もうすぐだ……。


 ポケットからナイフを取り出して、刃を慎重に出した。

 ごくりと唾を飲み込むと、ナイフをぐっと握って構え、カインの背中に一突き――しようとした、が……。

 瞬間、カインはぴたりと歩みを止め、こちらに振り向いた。


「やあ、ルーク」


 俺の放った一撃は、いともたやすく受け止められた。

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