勇者に恋人を寝取られたので、代わりに勇者の恋人を寝取ることにした

青水

第1話

 勇者。

 それは、世界を牛耳らんとする悪しき者共の長たる魔王を打ち倒す使命を与えられし英雄。聖王国の――いや、世界中の誇りであり、希望であり、羨望の対象である。


 だから、多少の横暴くらいは許される。

 しかし、行き過ぎた横暴には、誰かしらが強く非難するべきだ。誰かしら――他力本願。


 はあっ、と俺は大きくため息をついた。

 勇者のことはもちろん知っていた。顔も知っている。俺の住む町に、勇者がやってきたことも、知り合いから聞いていた。

 だが、俺と勇者の間に接点はないし、これからも接点を持つことはないと思っていた。思っていたのだが……。


 昨日、俺の人生が大きく変化した。それも悪い方向へと。

 冒険者をやっている俺は、その日もクエストをこなした。冒険者はパーティーを組んでクエストをこなすことが多いが、俺は特定のパーティーには所属していない。基本的にはソロで、たまに野良のパーティーや知り合いのパーティーに入るくらい。

 俺の冒険者としての能力は、並みかそれを多少下回る程度だ。


 クエストを終えると、俺は帰宅した。

 俺は小さな家に、幼馴染の恋人と二人で暮らしている。

 俺の恋人――シェリルは、俺には不釣り合いなくらい綺麗な女だ。


 別に自分のことを卑下してるわけじゃなくて、シェリルがそれほど綺麗だということ。もちろん、恋人なので俺は彼女のことが好きなのだが……シェリルは外見とは裏腹に、性格は決して良くはない(世間一般的に)。

 とはいえ、俺はシェリルの外見のみが好きなわけではない。そのわがままな性格も――つまり、内面も好きだったのだ。

 わがままで傲慢ではあるけれど、浮気とかはしていない――と、思っていた。それは俺がそう思っていただけ。そう思いたかっただけ。


 鍵を開けて家の中に入ると――


「なっ……」


 ――ベッドで、シェリルと男が裸で抱き合っていた。


 あまりの衝撃に、俺は絶句。目を瞬かせた。

 悪い夢でも見てるのだろうか? 頭がぐわんぐわんと揺れた。視界がぐにゃぐにゃと歪んでいった。めまいがした。


「あら、ルーク。早かったのね」シェリルは悪びれずに言った。「もっと遅くに帰ってくると思ってたんだけど……」

「あ、え……」


 言葉が何も出てこない。口をパクパク開閉させて、戸惑う俺。


「初めまして、シェリルの彼氏――いや、元彼氏のルークくん」

「お前……勇者のカイン、だよな……?」

「ああ、そうだとも」あっさり認めた。

「なんで俺の家に……いや、シェリルとそういうことをして――」

「ルーク、君はシェリルにふさわしくない」カインは言った。「彼女のように美しい女性にふさわしいのは、僕のようなかっこいい男なのだ。わかるかい?」

「わ、わかるわけ、ないだろ……」


 俺は声を震わせて言った。意味が、わからない。


「ああ、そういえば、この家はシェリルのものなんだよね?」

「ええ、そうよ」


 いや、それは間違っている。

 確かに、シェリルのほうが多くの金を出している。けれど、俺だってクエストをこつこつこなして貯めた金を放出したんだ。二人で買った家なのだから、この家は俺とシェリル二人の物なのだ、が……。


「つまり、この家の所有権はシェリルにあるというわけだ。僕が何を言いたいのか、わかるかいルーク?」

「わかんねえよ」

「さっさと出て行け、ということだよっ!」


 カインは全裸のまま距離を詰めると、俺に鋭い突きを放った。みぞおちにヒットし、俺は地面を無様に転がった。


「ぐ……」


 声を漏らしたが、吐くのは辛うじて堪えた。


「シェリル……これは何かの冗談、だよな……?」

「冗談、じゃないわ。これは現実よ」


 シェリルは嘲るように言った。


「ルーク、あなたって……本当に馬鹿ね。ねえ、あなたみたいな平凡な男と、イケメンで勇者のカイン。どっちを選ぶかっていったら、世の中の全員がカインを選ぶわよ」


 シェリルが顎をしゃくると、カインが指をパチンと鳴らした。それだけで魔法が発動する。小さな爆発が起こって、俺は外へと吹き飛ばされた。


「あなたと暮らした日々は、退屈であまり面白くなかったわ。もう二度と会うことはないと思うけれど、少しくらいは感謝してあげる」


 一気にそう言うと、シェリルは手を振った。


「じゃあね、ルーク。さようなら」


 呆気ない終わりだった。

 こうして、俺は恋人を勇者に寝取られ、どん底に叩き落されたのだった。

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