1-11話


「……!?」

 てっきり、英鈴が「毒など売っていない」と語ると思っていたのだろう。

 彼女らの間に無言のざわめきのようなものが広がるのを前に、畳みかけるように、続ける。

「どんな薬であっても、それが身体に影響を及ぼすものである以上、益にも害にもなり得ます。そういった意味で、毒になり得るのです。あなたがたは、私の意に反して、勝手にこの雪花に澄声茶を与えた。あなたがたの行いは、彼女に毒を飲ませたも同じです」

「な、何を……」

「いいですか!」

 太儀の言葉を、こんしんの大声でき消した。

「そもそもあなたがたは、薬がどういうものか理解していない。これをご覧くださいっ!」

 懐から取り出したそれを、思い切りたたきつけるように、床に落とす。

「ひっ!」

 それがなんなのか理解した女たちのうち幾人かは、逃れるように身をよじらせた。

 それは──蟬の抜け殻だった。今朝、集めてきたばかりのものだ。

「これは蟬の抜け殻、薬の世界では『せん退たい』と呼びます。そして、澄声茶の材料の一つです」

「ざ、材料……!?」

「私たちに、虫を飲ませていたとでもいうの!?」

 非難の声をあげる女たち。──先日していたように、卒倒する者はいなかった。

 だから負けじと、こちらも声を張り上げる。

「聞いておいででしたか? これは蟬退、すなわち立派な薬の材料です! 今回だけではありません。妃嬪がたが毎日、喜んでつけておられる『玉蓉膏』──あれの原材料のうちに、何が含まれているかご存じですか? 雀の尿に、鳩のふんです!」

「ひいっ!?」

 自分の顔を押さえて悲鳴をあげる嬪たち。彼女たちの勢いががれている間に、英鈴は、なおも続けて説明した。

「尿や糞をそのまま肌に塗りたくれば、当然、身体に害が出るでしょう。しかし今、あなたがたのうちで、玉蓉膏を使って肌に害があった方はいますか? いませんね。それは玉蓉膏においては、尿や糞が適切な処方で用いられているからです。すなわち、毒になるものを薬として扱っているからです」

「…………」

 すっかり気勢を失った様子の女たちは、互いに目を見合わせている。

 英鈴は、落ち着いた口調で語りかけた。

「どんな薬であっても使いようなんです。使い方を誤れば、薬でも毒になります。そして蟬退は、雪花のようにかにで肌が荒れる体質の者には毒になる。つまり、薬であるべき茶が毒として用いられた。それだけです。私は薬店の娘として、人倫にもとるような行為は一切しておりません!」

 しん、とその場が静まり返る。皆、こちらの言い分に反論ができないのだ。

 彼女たちは一様に目を床に向け、戸惑ったような表情になり──

「いいえ!」

 ──否。ただ楊太儀だけが、沈黙を振り払うように口を開いた。

「あなたの言い分など、知ったことではありませんわ。大切なのは、英鈴、あなたが先ほど白充媛に解雇されたことです。どうあってもそれは事実、となれば後宮からあなたが立ち去るのに、なんの変わりもありませんわよ!」

 ほほほほほ、と高らかに太儀は笑った。するとそれに勇気づけられたかのように、嬪や宮女たちの何人かが顔を上げ、にやにやしはじめる。──確かに、太儀の言う通り。英鈴は今や解雇され、早急にここから立ち去らねばならない身だ。

(それにしても、嫌な人たち。楽しみなんて、探せば他にいくらでもあるでしょうに)

 もはや怒りというより、あわれみしか湧いてこない。

(そう、なら……出て行けばいいんでしょう)

 結局、秘薬苑の在処ありかは確かめられなかった。でもこのまま、こんな醜い場所にとどまりつづけるよりは──そう思い、売り言葉に買い言葉で返事をしてしまいそうになった、その時。

「おお、そうなのか」

 それまで黙っていた朱心が、突然声を発した。

「充媛、そなた、英鈴を馘首クビにしたのか?」

「はっ……」

 突然名指しされた白充媛は、震えながら答える。

「はい、陛下。解雇いたしました」

「そうか、そうか。それならば仕方ないな」

 朱心は、そのぼうににっこりと人のさそうな笑みを浮かべ──そして、こう宣言した。

「では英鈴は、余がもらおう」

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