第2話

日本領空付近:輸送機内


 数時間前、俺は輸送機に乗り極東支部こと日本へと出発した。道中はずっと警戒体制を敷いて緊迫した時間が流れるのだろう、そう予測していた。


 そう予測していたのだが...


「でな、娘が言うんだよ。『大きくなったらパパと結婚するの!』って!!もう可愛くて可愛くて...」


「機長、俺が独身なの知ってて言ってます?」


「ああ知ってる、その上で言ってるんだ。家族ってのはいいもんだ...お前も早めにパートナー見つけておいた方がいいぞ」


「機長、嫉妬って言葉知ってます?今自分の中に巡っている感情なんですけど...今すぐベイルアウトレバーを引いてもいいんですが」


「そうやってすぐキレる男はモテんぞ〜!ハハハ!」


 案外緊迫とは程遠い雰囲気が流れていた。



(よく話す連中だ...)


 俺は、輸送機の兵員用スペースの中で機長と副機長の会話を聞いていた。正確には、聞く気はないが耳に入ってきてしまっていると表現した方がいいのだろうか。


「そういえば坊主、お前家族はいるのか?」


機長がこちらを向いて話しかけてきた。


「いないんじゃないかな、多分」


俺はややぶっきらぼうに答えた。


「多分って...家族と折り合いでも悪いのか?それとも家飛び出してそのまま音信不通になった、とかか?」


副機長までもが話に乗っかってきたようだ。



「あー、いや...そういうわけじゃないけど」


 俺は返答に困った。俺自身、よく分からないのだ。俺は過去の記憶が無いのだ。


 生まれた日はもちろん、家族の名前や顔も覚えていない。気がついた時には既にAPFのパイロットとして戦っていた。


「じゃあ、どういうことなんだよ?」

副機長が更に問い詰めてくる。


「まあその辺にしておけ。人には話したく無いこともある。無理に聞くもんじゃないぞ」


「たしかに...すまんな、坊主」


決まり悪そうに副機長が謝罪した。


「別に。気にしなくていいよ」


「お、おう」


変わったやつだ、とでも言いたげなように副長は肩をすくめた。


「...」


 気まずい。とてつもなく気まずい。


自分が先ほどまでの楽しそうな雰囲気を壊してしまったと考えると非常に気まずい。



(何か空気を戻すような話でもしないとな...でも、何を話せばいい?)


 表情こそ冷静を保っているが、内心かなり戸惑っていた。



「あー、そういえば坊主、お前彼女とかいるのか?」唐突に機長が尋ねてきた。



「ん?あ、いや、特にいないが...」


 覚えている限り、今までに異性との交流などほぼ無かった。そんな時間も無ければ、交流する気力も無い。


「坊主は見た目は良いんだしアタックすれば案外いけるかもしれないぜ?少なくとも、こいつよりはモテると思うぞ」


 機長が副機長を指差しながらニヤついた笑顔を浮かべていた。



「ひどくないっすか、機長!?...やっぱこの場でベイルアウトレバーを」


「ハハハ、冗談だ!冗談だからよせ!」


すっかり空気が戻ってしまった。これが大人としての能力なのだろうか。


(あの一瞬で...大したものだな)


 俺は瞼を閉じてシートにもたれかかった。

眠気によるものではない。外界からの情報を少しでも遮断したいから、自分が外部に干渉しないようにしたいからだ。


先程までの会話も自分が参加しなければ何もなく普通に続いていただろう。下手に自分が干渉してその場を乱すよりも関わらないほうがお互いのためではないだろうか。


 俺は閉ざされた視界の中で眠気がやってくるのを待つことにした。


しかし、眠気に飲み込まれる前に現実へと引き戻された。


突如、ドンと大きな音がしたのだ。


「何があった?」

俺は体を跳ね起こし、輸送機のコクピットへと駆け込んだ。



「坊主か、どうやらコープスの野郎が現れたらしい」


先程まで談笑していた機長は纏う雰囲気が一変していた。


「あいつら、日本の哨戒機を落としたみたいだ。まだ捕捉されてないが、俺達もいつ見つかるか分からん」



「マジかよ!ったく、もう少しで到着って時に!」


副機長も額に汗を浮かべながら毒づいている。



「...機長、この機は空中でAPFを投下できるのか?」


「出来なくは無いが、何をする気だ?機体を投棄したとしても、逃げ足は早くはならないぞ?」


 機長からの答えはある意味予想通りであった。積荷を投下した場合多少は機動性や速度が向上するが、所詮は大型の輸送機だ。


戦闘機ですらコープスの前では逃げ回るのも一苦労だというのにこんな機体が多少身軽になったとしても大して意味はない。例えると空を飛ぶカモというところか。


「...俺がリェーズヴィエで陽動に回る。その間にあんたらは日本の基地に向かってくれ」


輸送機のコクピットにわずかな時間の沈黙が流れた。



「...馬鹿を言うな!」


機長が厳しい表情で怒鳴った。


「仮に陽動が成功したとして、どうやって離脱するつもりだ?ろくな装備も無いんだぞ!」

 


機長の言う通り、武装類の多くは随伴している2番機のカーゴブロックに搭載されており、今のリェーズヴィエは言葉通り丸腰とも言える状態である。



「俺はあくまでどちらも助かる確率が高いと思った選択肢を言ったまでだ。他に方法があるなら教えてほしいけど」



レオニードの発言を聞き、機長達は黙り込んだ。


「たしかに...現状日本からの援護もアテにならない以上それしか方法はない。だがお前は死ぬかもしれんのだぞ!」


「あんたは家族がいる。こんなところで無駄死にして家族が悲しむ顔を見たいのか?」


「しかし...」


よく見ると、機長は操縦桿を持つ手を強く握り込んでいる。


 先程の話で娘がいる、と言っていた機長にとっては辛い選択肢なのかもしれない。年齢こそ違えど自身よりも一回り幼い子供を自分たちの盾がわりに使うような行為なのだから。


(...説得するのは無理かな)


 このままでは埒があかないし、長々と説得する暇もない。視線を落とし黙り込む機長に俺は冷たい言葉を言い放った。



「他に打てる手はないだろ?それとも俺みたいなガキに助けてもらうのはプライドが許さないのか?」



「このクソガキ...機長がお前を心配して言ってるのに何て言い方を!!」


副機長が険しい表情で敵意を向けてきた。



「よせ...坊主の言う通り、他に方法がないのも事実だ。済まんが...頼めるか?」


「お安い御用で」


俺はそのまま踵を返しカーゴブロックへと向かった。


---------


 コクピットへと滑り込んだ俺はハッチを閉じてパイロットスーツの背部プラグをシートへと装着し、リェーズヴィエとの接続を試みた。


 APFはパイロットの思考で操作する。そのため機体との接続は必須であり、それを補助するのがパイロットスーツなのだ。



-衝撃吸収用ゲルの循環を開始します-



 血管を通る血液の如く、コクピット周辺エリアを衝撃吸収用ゲルが循環していく。



-循環終了。続いて、メインシステム起動-



 コンソールに狼をモチーフにしたマークが浮かび上がり、網膜に映像が投影され始めた。それに呼応して機体の方にも変化が起きる。


 普段はバイザーに隠れているリェーズヴィエの頭部カメラアイが発光し一瞬ではあるがその双眸がバイザーの奥に浮かび上がった。



「ジェネレーター出力上昇確認、各部関節駆動...問題なし」


 まだ日本付近の気候に合わせた最終調整は完了していないが、今のところ不具合らしい不具合は見当たらない。


「こちらは異常なし。機長、カーゴブロックハッチの展開を頼む」



-「了解、ハッチ解放。固定具も外すぞ」-



 ハッチが開き、暗い空が徐々に見えてきた。やがて ガコン、と音を発してハッチが完全に開放された。


「ケーブル、固定具共に解除」


 機体に接続されていたケーブルが強引に引きちぎられると同時に機体を固定していたベルトの金具が爆砕ボルトが発する炸裂音と共に弾け飛んだ。


「装甲部、エネルギー伝達開始」


 その言葉の直後、機体の装甲に変化が現れた。ほんの一瞬ではあるが、装甲が光を発し、ツヤが消されたマットな黒色から艶のある黒へと装甲の色が変わったのだ。


 一部の機体にしか搭載されていない特殊装甲[エネルギー伝達装甲]が起動した証だ。


 これは、機体フレームから装甲へエネルギーを供給することにより、装甲の表面に薄いエネルギーの層が形成され、機体表面にバリアが展開する仕組みになっている。これにより高い防御力を発揮することが可能な特殊な機構だ。


 この装甲のおかげでレールガンのような強力な火器による攻撃を受けたとしても、ある程度は耐えることが可能なほどの強度を得られるため、近接戦闘を重視しているリェーズヴィエにとって必須とも言える装備である。



「エネルギー伝達正常、出力安定を確認」


 これで全ての準備が整った。つい先程まで待機状態にあったリェーズヴィエは完全に戦闘モードへの移行が完了した。



「機体状況良好。これより発進準備へと移行する」


機体を膝立ちの姿勢へと移行させ、射出口へと固定した。


-「機長だ、こちらも準備完了した」-


「了解、任せるよ」


-「カウント開始、3...2...1...発進!」-


 直後、凄まじい勢いで機体が射出された。

空中に放り出されたリェーズヴィエは手足を広げ、背部のフライトユニットを展開した。


 背部に装着された2対の主翼パーツを展開し、同時に機体各所のスラスターを点火させた。



「行くぞ、リェーズヴィエ」


 レオニードはスロットルレバーを引き、スラスターを最大出力で噴射させた。



-「死ぬなよ、坊主」-


 そう呟いた機長の言葉はスラスターの噴射音にかき消され、レオニードの耳に届くことはなかった。


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