decider
@fukahiresan
第1話
determiner 1話
男は警報の音と爆発音で目を覚ました。
確か今日はごく普通の夜間勤務だった筈だ。
いつもと大して変わらない、ごく普通の勤務だった。
つい先程の爆発音と周囲の負傷した同僚たちのうめき声が聞こえる以外は。
男の視界にはグレーの機械の巨人-APFの姿が写っている。
[APF]とは正式には[Armored Protect Flame]と呼ばれる人型戦闘兵器である。
簡単に言えば巨大な戦闘用ロボットといったところか。
「なんでここにAPFが......!?」
APFはつい最近配備されるようになった新型兵器だ。そんな最新鋭兵器がなぜこんな奥地の基地を襲っているのだろうか。
しかし、そのことを深く考える時間は男には与えられなかった。雷鳴にも似た爆音が彼の鼓膜を震わせたのだ。
音の鳴る方には数量の戦車が搭載した主砲でAPFに向けて攻撃していた。
戦車隊の攻撃に気がついたのか、所属不明のAPFは手にした火器で迎撃隊の戦車に向けて発砲する。その度に地上では激しい爆発が起きた。
戦車隊も反撃している。しかし機動力の違い故にだろうか、戦車隊の放つ弾丸はAPFの機体を捉えることは無く明後日の方向へと消えていった。
「何やってんだ!当てろよ!!」
何発も撃ち出される砲弾の一つがAPFに命中した。運良く照準が合わさったのだろうか、鼓膜を吹き飛ばすのではないかと思うほどの轟音と共に爆炎と黒煙とを発生させた。
「当たった!これなら...」
男は、ほんの僅かな希望を抱いた。しかしながら、その希望はすぐに消え去ってしまった。
黒煙の中には左腕の装甲を胴体の前に構えて何事も無かったように立つAPFの姿があった。砲弾を当てられた、というよりは突然バケツの水をかけられ驚いた程度、といったところだろうか。
鬱陶しいと思ったのだろう。羽虫を追っ払うかの如くAPFが戦車隊に向け銃撃した。
弾丸が戦車の装甲を抉り貫通していく。
その度に地上では花火が開くように破片と搭乗員の断末魔を撒き散らしながら戦車が爆散していく。
戦車の爆発で発生した炎が彼を襲う事は無かったが、男は爆風で軽く吹き飛んだ。
「グハッ...!」
男はすぐ後ろにあった倉庫の壁まで吹き飛ばされた。
身体中に痛みが走る。男は歯を食いしばり痛みに耐えながら、戦車隊がいた方向に視線を向けた。
「...マジかよ」
男の視線の先には戦車の姿は無く、地面に巨大なクレーターが空いており、先ほどまでそこにいた戦車の代わりに弾丸で削り取られた装甲の破片や履帯の一部などが転がっていた。
絶望だった。この基地はこれ以上の戦力を保有していない。つまり、自分たちの身を守る手段は無くなったのだ。
絶望し、膝をつきそうになった男の方へAPFが振り向いた。間違いなく自分を狙っているのだろう。
頭部センサーが光り、手にした火器を男に向けた。その姿はまるで崖っぷちへと獲物を追い詰め、舌舐めずりしながら近寄ってくる肉食動物といったところだろうか。
「......っ!?」
逃げられない。防ぐことも不可能だ。
汗が額を伝って落ちていくのがわかる。だが、どうしようもないのだ。弾丸が発射されれば自分は間違いなく消し飛ぶだろう。
例え運良く直撃を避けたとしても、弾け飛ぶアスファルトの破片一つで彼の肉体は木っ端微塵になるだろう。
「見逃しちゃ......くれねぇよな」
相手にとって、自分は小さな虫ケラ同然だ。間違いなく躊躇うことなく撃ってくる。
「やるならやれよ、せめて苦しまないよう一発で仕留めてくれ」
男は諦めてゆっくりと瞼を閉じた。
こんなことになるなら昨日言い合いの末、冷戦のような状態となってしまった妻に一言謝罪しておくべきだった。
数秒後、轟音が響いた。
不思議なことに痛みは感じなかった。ただ、強い風に煽られたようなそんな感覚だった。
しかし、男はどうしても自分が死んだのだろうか、という疑問を抱かずにはいられなかった。
熱も感じるし、聴覚も機能している。おまけに男が瞼を閉じる直前まで辺りに漂っていた燃料や火薬が燃えた不快な匂いが彼の嗅覚を刺激し続けている。
(本当に俺は死んだのだろうか......?)
死後の世界を知っている訳ではないが、ここまで現世と同様の環境なのだろうか?
男はゆっくりと瞼を開いた。
「なっ...!?」
彼の視界の先にあったのは三途の川でも、地獄の釜でもなく先ほどと同じ光景だった。
目の前のAPFが消え去った以外は。
「あいつは、何処に?」
そう言い終わる前に派手な音が聞こえた。
どうやら彼に銃口を向けていたAPFは近くの格納庫の残骸へと吹き飛んだらしい。
崩れ落ちる瓦礫の雨に埋もれ、間抜けな姿を晒している。
「一体何が、起きたんだ...?」
彼が先ほどまでAPFが立っていた方向に視線を戻すと、そこには両手に見慣れない武器を持つAPFが立っていた。
「味方、なのか?」
その機体は、絶対絶命の危機に現れてピンチを救ってくれた、という点では救世主と呼べるだろう。或いは正義のヒーローだろうか。
しかし、男の目に映る機体はそのいずれにも当てはまらないような外観をしていた。
細身のフレームにやや尖った形状の装甲を装着し、全身に黒とダークブルーのカラーリングに施されている。更に頭部に装着されたバイザーにより、人型であるのに人間らしさを感じさせないある種不気味な雰囲気を纏っていた。
見る者によっては『悪魔』とも取れるような、そんな凶悪なデザインをしていた。
「お前は一体、何なんだ?」
男はあっけにとられ、しばらくの間黒い機体を眺めていた。
しかし、彼の命を救った黒いAPFはまるで彼のことなど眼中に無いと言わんばかりの勢いで、即座に他のAPFに向けて急接近した。
ーーーーーー
黒いAPF【リェーズヴィエ】のコクピットの中には少年の姿があった。雪のように白い肌とグレーがかった銀髪に、血のような赤い瞳という容貌を持つその少年の名前はレオニード アドゥーナーという。
「味方はほぼ壊滅...わずかだが、生存者はいるみたいだな」
無関心とも言える様な表情のまま、彼は戦況を把握していた。
表情を見た限りでは彼がどのような心情なのか、何を考えているかを想像するのは困難だ。
偶然なのか、それとも神のいたずらだろうか。彼の乗るリェーズヴィエの頭部も半分近くがバイザーに覆われている。
表情を隠し、何を考えているか分からないような印象を与えるその頭部は、まるで彼自身を表しているかのようであった。
「敵性APF...コープスタイプが5機か。殲滅する」
レオニードは機体の両腕に装備している刀のような巨大な武器『モーターブレード』をリェーズヴィエに構えさせ、スラスターを噴かし付近の2機のコープスに向けて機体を接近させた。
「まずお前らから」
こちらの接近に気づいたのか2機のコープスがリェーズヴィエに向け手にした銃器を向けた。
「諦めろ、もう遅い」
リェーズヴィエは両手に装備した実体剣-モーターブレイドを振り下ろした。
銃撃する暇も無く2機のコープスは胴体部に袈裟斬りを受け力が抜けたように崩れ落ち、爆散した。
「撃墜、次はお前だ」
スラスターを噴かし続け、更に別のコープスへと接近し、そのまま斬撃を叩き込んだ。
胴体を両断されたコープスの上半身は派手に宙に舞い、爆発の炎を撒き散らした。
--警告、ロックオンされています--
コクピット内に警告音が鳴り始めた。
別方向から1機のコープスがリェーズヴィエをロックオンし銃撃してきたらしい。
(距離を置いての対応...格闘戦は避け、近づかれる前に落としてしまおうという魂胆か)
脳内で軽く状況をまとめつつ、機体にランダム回避行動を取らせ、対抗策を考えた。
安定した手法を選ぶならばこちらも射撃兵装を使用して牽制し、隙が出来たら距離を詰め得意である格闘戦に持ち込むべきである。
しかし、今のリェーズヴィエで射撃戦を行うのは得策ではない。正確には射撃戦を行うのは不可能と言った方がいいだろうか。
普段なら射撃兵装も装備しているのだが、緊急発進したため、ライフルやサブマシンガンといった射撃兵装を搭載していない。そのため、現在リェーズヴィエは射撃戦への対応は不可能となっている。
装備といえば現在両手で使用している長刀『モーターブレード』と、前腕部に装備されている『ソニックダガー』くらいか
はっきり言って楽な状況では無い。しかし、近接戦闘において彼には自信があった。
「少し強引だが、やれるな」
小刻みにスラスター噴射を繰り返し右に左に軌道を変えながら距離を詰めることにした。
コープスから放たれる銃弾はリェーズヴィエを捉えることなく彼方へと消えていく。
「当たらないよ」
当たりもしない射撃を繰り返すコープスに一撃お見舞いしようと、左前腕部に装備しているソニックダガーを敵機の方へと向けた。
「俺の距離だ、諦めろ」
怯えた新米の如く足を止めてひたすら銃撃を繰り返すコープスに、リェーズヴィエは躊躇なくダガーを射出した。
リェーズヴィエのダガーホルダーから射出されたダガーはそのままコープスの胸部、人間で言う心臓が存在する部位の装甲を抉り、突き刺さった。
数秒後、突き刺さっていたダガーが爆散しコープスはそのまま崩れ落ちた。
-警告、敵機にロックオンされています-
撃破を喜ぶ暇もなく再び警告音が響いた。恐らく、敵機が後方から近づいてきているのだろう。
機体後部に設置されたカメラはナイフを構えて接近してくるコープスの姿を捉えていた。
「...まだやる?」
リェーズヴィエは、振り返りざまに右手のモーターブレードでコープスの両腕を切り飛ばし、左腕のブレードをコープスの頭部へと突き立てた。
「До свидания(さようなら)」
レオニードがそう言い終わると同時にモーターブレードが刺さったコープスの頭部が爆発、そのまま倒れ込んだ。
「......終わったな」
先程までの轟音が嘘のように辺りは静寂に包まれていた。辺りには焼け焦げた装甲の破片と僅かに燃えるコープスの残骸が散らばっていた。
「終わったな」
彼はコクピット内で脱力した。
とりあえず、基地を襲撃したコープス部隊は殲滅したようだ。
(もう朝か...)
基地襲撃の報告を受け、出撃した時はまだ夜中だったが、いつの間にか夜明けになっていた。
「また朝が来たか」
そう呟くレオニードの声は何にも興味がなさそうな、気怠そうな声をしていた。
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「この馬鹿者が!」
やや甲高い男の声が空間に響き渡った。
帰投して間もなく、レオニードは社長室へと呼び出された。恐らくは無断出撃の件についてのお叱りだろう。
(うっせーな...九官鳥かよお前は)
耳がキーンとなるような不快感に耐えながら、レオニードはやや不満げな表情を浮かべていた。
「これで何度目の命令違反だ!貴様がどうなろうと知ったことではないが、機体を損失した場合の損害はどうするつもりだ!?」
「落とされないから問題ないだろ」
「だとしても、だ!!貴様の命令違反にはもう我慢ならん!!APFの無断使用、戦闘中の独断行動、ミーティングへの無断欠席!貴様はここの隊員だという自覚が無いのか!」
よくもまあそれだけ怒鳴れるものだ、と考えながらレオニードは怒号が止むのを待った。
「まあまあ、その辺にしておきたまえ。今日呼び出したのは説教のためでは無いだろう?」
部屋に設置されたソファに腰掛けているスーツ姿の中年の男が声の甲高い男を制した。
「はぁ...わかりました。貴様、早く座らんか!」
「はいはい、怒鳴らなくても聞こえてるよ」
嫌味を言いながらレオニードはソファへと座った。
レオニードが座ったことを確認すると、スーツ姿の男が口を開いた。
「さて、話に入ろうか。君は我が社『ガーディアン・ドッグス』のことは知っているな?」
「APFを保有する民間軍事会社だろ。それくらい知ってる」
「そうだ、ここ北部から南の果て、南極支部まで世界各地に支部があるが...実は最近新たな支部が創設されたのさ」
「新たな支部...今度はどこにできたんで?」
「極東支部...かつては日本と呼ばれていた地域だな。あの国家は本来軍事的な物はタブーだったのだが、訳あってつい先日発足させたらしい」
「日本か...聞いたことはあるが」
噂に聞いた程度だが、その名前だけは知っている。かつて世界の覇者、合衆国と一戦交えたという小さな島国だったか。
「で、その新しい支部と俺に何の関係が?」
「それが関係が大ありでね。実は極東支部は創設から日が浅く規模は小さいようだ、人員もAPFもね。反面、ここ北方支部は規模が大きくなりすぎてしまい、整備や装備調達にも支障が出始めている」
たしかにAPFの保有数が増加したころから、整備部門の連中は表情がやや疲れているように見えたし、補給部門の担当はここ暫く徹夜が続いている、と言っていた。
「そんな訳で、ここ北方支部は日本支部へAPFとパイロットを派遣することが決定したのさ」
「で、その派遣するパイロットに俺が選ばれた、と?」
「その通り。君の腕は中々だと聞いている。機数が少ない極東支部にとっては喉から手が出るほど欲しい存在なのだろう」
スーツ姿の男が僅かに笑みを浮かべながら書類を突き出した。
「君を手放すのは惜しく感じるが、日本支部からの要請を無視するわけにもいかない...この話、引き受けてもらえるかな?」
どうやら彼の知らない間に話は進められているようだ。断る理由はないが、断ったところで無駄だろう。
「...分かったよ」
彼は不満げな雰囲気を隠すこともなく立ち上がり部屋を後にした。
(何が手放すのが惜しいだ...邪魔の排除とコストカットを同時にできるってのが本音だろうに)
ーーーーーーーーーーーー
「こんなところか。意外と少ないな」
数少ない私物をまとめ、まるで空家のようになった部屋の中でレオニードは時間を潰していた。
元々私物をほとんど持ち込んでいなかったため、部屋に残っているのは最初から設置されていた固いベッドと簡易的なデスクだけだ。
片付けを終えた静かな部屋の中で天井を見上げ寝転び、ぼんやりとしていた。
「極東か...遠いな」
レオニードの口からふと言葉が漏れ出た。
特別ここ北方支部に思い入れがある訳ではないが、自分の知っている地から離れて未知の領域へと向かうのは少しばかり抵抗がある。
(この先、どうなるんだろうな)
今後のことを考えると不安が無いと言えば嘘になる。しかし、悩んでいる時間はない。明日には出発なのだ。
「...考えても無駄か」
彼は考えることを中断した。そんな結論の見えないことを考えるよりも休んでいる方が時間の有効活用になる、と考えたからだ。
何気なく寝返りをうった俺の視界には荷物入れとして使っていたクローゼットが映っていた。私物を全て撤去したクローゼットは、ぽっかりと穴が空いたような感じであった。
かつてそこにあった物がない、だがそこには何かがあったはず。完成したパズルのピースの一つが外れてしまったような、そんな感じであった。
そんな隙間のような空間が妙に印象に残った。モヤモヤするとも、霧がかかったとも言えるような不思議な感覚が彼の脳内に漂っていたのだ。
緊張で頭がおかしくなったのだろうか?
「...くだらない」
先程とは逆に壁の方へと寝返りをうち、俺は静かに目を閉じた。
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