第404話 シリアルチョコレート(後編)
いつだったかミナは、女って怖いんだよ、と言っていた。
何言ってんだ、と思ったのが前。
こういうのって──いじめとかってどっかであるし、どっかで起きてるし、どっか──俺には関係ないもんだと思ってた。
周りにそういうのなかったのが、そうか、ただ気が付いてなかっただけか。
所詮、傍観者。
ただもう俺はそれに戻れない。
今はただ、苛々する。
「──おはよ」
下駄箱で会ったミナはいつも通りを装う。
だから俺もそうした。
「はよ。何?」
何も言わずに小さな袋を渡された。
「昨日の。シリアルチョコ」
「……さんきゅ」
「何?」
なんか上手く出来なくて下手くそな俺だった。
「何も。腹減ったら食う」
ほんと前髪うぜぇよ、三つ編みも窮屈そうだ。
ミナの顔が見えなくて、不安、っつーのか。
そんなの、思った。
あとちっせぇからだ。
※
教室前の廊下に何でか人が集まっていた。
「込んでんな。何──」
──しん、と鳴った教室のミナの席には黄色い菊があった。
その意味はすぐにわかった。
わかりたくなかったけど、もう遅い。
ミナはいつも通りに歩いて自分の席の横に立つとこう言った。
「綺麗だね」
でもぶち折られて可哀そう。
そう言った。
そんなミナの反応に徐々にざわめき始めた教室が気持ち悪かった。
遠巻きに見て、遠くでこそこそ話して、何だここは。
「……安全な傍観者気どりの馬鹿野郎ばっかかよ」
再び静かになった奴らをぐるりと見回すと目を逸らされた。
言い当てられて気まずいか、関係ないと主張するか。
どうしていいかわかんなくて、と言い訳とそれに同調する声も出てきた。
「俺はお前らをクラスメイトだと思ってたけど違ったみてぇだわ。すげぇ残念」
まるで嚙み砕かれたみてぇだ。
その時、聞こえた。
探してた声。
嗤う声をだ。
「──見つけた。ぶっとばしに行くけどお前はどうする?」
「は? ミヤ、ちょっと待って」
ざわめきの中に微かに溶けた声は廊下からだ。
俺らのクラスじゃない誰かだ。
肩に下げたバッグを床に落として歩き出す。
慌ててミナもバッグを落として俺についてくる。
教室を出る時、ミナとよく話してた奴が、ごめん片付けとく、と言った。
ミナは一瞬驚いてそれから、助かる、と言った。
その返事は、こいつが言いたかった言葉だったんだろうって思った。
ごめんでもありがとうでもない、求めてたやつだと。
※
見つけた奴は三人の女らだった。
別にどこで話してもよかったんだけれど、人目がつかないとこにとかって言うもんだから屋上前の階段の踊り場んとこまで行ってやった。
そんでリーダー? 主犯格? 何でもいいけどそいつの胸倉掴んでマジでぶっとばそうとした。
そしたらミナに割って入られて、でも手ぇ止まんなくて、軽く横っ面を殴ってしまった。
んで、すぐに仕返しでぶん殴られた。
「っ痛ってーな!」
「てめぇこそ加減なしか!」
そんな言い合いになって、その間に女らが逃げ出そうとしたから足で壁ドンして止めた。
行かせるかよ。
そしたら女らが謝ってきたわけ、俺に。
ミナが俺と仲良くしてんの気に入らねぇ、だとかを勝手に喋り出した。
原因俺とか最悪かよ、って思ったね。
腕を触ってこようとしたから、思いっきり振り払った。
そうしてたら、ミナはただ一言、こう言ったんだ。
「どうでもいい」
突き放した声だった。
好きも嫌いもない、興味のない、感情のない声だった。
高一にもなってこんなんで笑うとか終わった奴らに言う事なんかない、今更改心するとか終わったお前らなんかに何も思わない、あたしに何かするたびミヤが振り向くと思うなら勝手にやってろ。
他にも色々、今までのられた想いをまくし立てたミナは、ゴミでも見るように一瞥している。
女らはもう何も言えなくなったみたいで、勝手にぶるぶる震えて泣いてた。
うっぜ、って思った。
それからミナは屋上の扉に手をかけた。
「授業始まっけど?」
「サボタージュ」
「じゃあ俺も」
「話せば? 謝られてたじゃん」
「絶対ヤだ」
「あっそ」
「っていうか、誰? 知らないんだけど」
結局ミナには何も言わなかった女らは、さらに泣いてた。
階段に響くから声抑えろよって思った。
同情なんかしない。
馬鹿馬鹿しくて何も思わない。
何も、思わなかった。
※
立ち入り禁止の屋上、天気は曇り。
頬っぺたが痛い。
閉めた扉を背に二人して足を伸ばして座る。
「……何であんなの怖がってたんだろ」
怖いと言っていたのは昨日、今日のミナは違った。
「頑張ったな」
「別に……でももう、こんなんで頑張りたくないや」
同意する。
無駄以外何でもない。
「ミヤ、あたし、やっとあたしになれる」
だっさい伊達眼鏡を外したミナは涙目だった。
どんだけ怖かったか、痛かったか。
「殴ってごめん」
「あんなの殴ってミヤが問題になるより全然マシ。ってか、よかった」
「よかった?」
「目ぇ覚めたもん。あ、仕返しパンチ謝らないからな」
今も結構痛いけど、と言うとミナは笑った。
なんだ、そういう顔で笑うんだ。
今までのやつって愛想と演技じゃん。
でっかい口開けて豪快で──。
「──お前って可愛かったのな」
初めてそう思った。
「あ? 当たり前だろ」
口がキツいというか悪いのは元々のあれか、癖がすぐに変わらないあれか、どっちもこいつだから別にいい。
「チョコ、ポッケにつっこんだままだった」
その日、半分こしたシリアルチョコレートは忘れられない味になった。
ざっくりした甘いやつ。
ばらばらならまた溶かして固めればいい。
「食う?」
「食う」
……ありがと。
うん。
※
次の日、ミナは俯いていた。
昨日、サボった後の休み時間にクラスメイトらは謝ってきたんだけれど、そんなのどうでもいい、とミナは一蹴して、そんで笑ってた。
なのに今日はどうした、と顔を隠すミナの手を無理矢理こじ開けてみると。
「……前髪、調子乗って切りすぎたんだよっ」
目まで隠れてたのが今は眉毛の上までぱっつんこ。
三つ編みはまんまだけど少し緩く今風? にしてらぁ。
だから俺はなんか嬉しくなった。
「どうよ世界は」
閉じてた目の前、クラスメイトらがいるここはどうだ、と問うとミナは恥ずかしそうにはにかんだ。
「──まぁ、悪くないんじゃない?」
翻訳すると、おおむね晴れ、らしい。
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