第403話 シリアルチョコレート(前編)

 久しぶりに二度寝かました。

無遅刻無欠席クリアしようとしてんのに、とあたしはめちゃくちゃ走っていた。

ついでにおやつに食べようと思っていたシリアルチョコも朝ご飯代わりに口の中でずっと飲めずに頬張っている始末。

でも美味し。

こうなるんだったらバータイプに作るべきだったか、と次回の対策を考えつつ学校へ急ぐ。

その前に、ざくざく、ごくん。


 ※


 予鈴ちょびっと前、と腕時計で確認したあたしは下駄箱に手をついてしばし息を整える。

ああ、走った。

同じようにちらほら、教室へと急ぐ他の人らも小走りで校内へと吸い込まれていく。

一限は教室授業だから大丈夫──と、自分の上履きを手にとって床に落とした時、こぼれた。


「……あ?」


 上履きの中から、砂利。

もちろんあたしが入れたわけじゃないし、なんで? っていうのが頭に出て、見下ろしてた。


 息が、上がる──……飲み込んだ。


「……砂遊びの仕方知らねーのかよ」


 呟きは極々小さく、あたしだけが聞いている。

伊達の丸眼鏡の下に指を滑らせて目を擦る。


 スリッパ……借りに行かないと。


 ※


 次の日。

靴は無事だった。

しかし無事じゃなかったのは、体操服。

なんか湿ってんなとは思ったけど、これはないでしょ。

もう遅いけど。

友達が、どうしたのそれ、と少々大きな声で反応してしまった。


「や、ペットボトルの蓋、緩かったみたいで……」


 苦し紛れの言い訳は通用したようで、気をつけなよー、とか、今日は見学しときなー、とかそういう、心配の声。

ごめん、疑ってる。

でも、違うって、思いたいから、そうする。


 またあたしは、飲み込んだ。


 ──こんなの、初めてじゃない、し。


 ※


 また次の日。

本格的に、これっていう事が起こった。

階段のあと四段降りるって時に、背中を押された。

手すりを掴むどころじゃなく、落ちた。

膝が痛くて、縁で擦ったか擦り傷から血が滲んでて、あと打撲っぽい。

他は何ともないっぽいけど、変な汗と鼓動が煩い。


 確実に、手のひらだったって、背中が言っていた。


 それから、笑い声が、した。


 女……複数……──ああ、始められてしまったって、すぐに、思った。


 階段の一番下の端っこに座って自分の体を抱き締める。

腕に爪を立てて、耐える。


 駄目だ、震えるな……こんなの、平気。


「──……ミナ?」


 あたしの前に出来た影と上履きに気づいて目を見開く。

それからゆっくり顔を上げた。


「……ミヤ」


「うん。転んだ? 大丈夫?」


「……大丈夫。痛くて休憩してただけ。へへ」


 大丈夫って聞かれると、大丈夫って返しちゃう。

だってそう言わないと、迷惑かかるから。

でもミヤは違った。


「それは大丈夫じゃないじゃん。手。立てる?」


「え、あ……うん」


 ぐいっ、と引っ張られて、やっぱり膝が痛くて。


「無理して笑うとからしくない。どした?」


 らしくない、とか。


「……あたしらしいとか、あんたに決められたくない」


「は?」


「何も知らないくせにさ。笑わないとやってらんない事だってあんだよ」


 やばい、止まんない。

ミヤに言ったってしょうがない事くらいわかってるのに。


「──あたしのせいじゃない」


 あたしはあたしだ。

決められたあたしでいるのはもう嫌なんだよ。


 息を吸って、いつの間にか俯いてた顔をまた上げる。


「あたし、逃げてきたんだ。いじめにあってたから」


 あたしが言ってない事。

前住んでたとこ、中学であった事。

ここ数日あった事なんかまだ可愛いもんだ。

嘘、可愛くなんてない。


「理由は?」


「あたしが可愛いからだよ」


「は? 何だそれ」


 そう思うだろ。

でもそうなんだ。

中学の時の奴らはそう言ったんだ。

異性に媚売ってるだとか、顔だけじゃんとか、舐めてんだろとか、見下してんだろとか。


「ブスが妄想して喚いた。当時のあたしは言い返したりもしない弱虫でただ耐えてた。もうあんなの御免だ。だから目立ったりしない、顔も極力見せないようにしてわざとダサくしてる」


 ほんとは前髪うざい。

伊達眼鏡も邪魔だ。

三つ編みも好きじゃない。

スカートだって短くしたい。

弱く見られたくなくてのわざとのキツイ言い方もしたくない。


「──笑いたいけど、怖いんだよ」


 わかんねぇだろ。

でもそれって、幸せだ。


 ミヤから手を離す。


「……誰が?」


「知らない」


 そう言っておく。

するとミヤはまたあたしの手を引いて歩き出した。


「保健室」


「いいよ」


「よくない」


 少し、棘がある声だった。


「ほっといてよ」


「ヤだ」


「ミヤ」


「何」


 止まらない。


「……怖いよ」


 ほんとは足がすくんで動けなかった。

ミヤが手を引いてくれなかったら、あたしはしばらくあのまま座っていただろう。


「じゃあ一緒にぶっとばすか」


 そんな事をざっくりと言うもんだから、あたしは、ちょっと後ろ向かないで、と少しだけ、久しぶりに泣いた。

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