第402話 ゴーフレット(後編)

 あたしは高校からこの土地に引っ越してきたから知り合いなんて一人もいなかった。

今は席の前後左右だからって感じで話すようになった子から友達と呼べるようになった子が何人かいる。

カジにも指摘された事あるキツい口調も慣れてくれた。

多分皆からはこう思われてるだろう。


 目立たないようにしてるけど、言いたい事は言う人。


 あべこべなあたしが、今のあたし。


 前のあたしは──目立ちたくないのに目立った、何も言えなかった人。


 あべこべなあたしが、前のあたし。


 折り畳みの卓上ミラーで自分を見ながら髪の毛を整える。

もうクラスマッチは終わって、一回戦敗退のあたし達のクラスは他のクラスや先輩達の応援で時間を潰していた。

今は自分のクラスと隣のクラスの女の子だけが集まった教室で着替えているところ。

あたしのクラスの野郎共は隣のクラス。

一斉だと更衣室が間に合わないので仕方がない。


 今日も乗り切った……なんて、駄目だ、やめろあたし。


 しまった。

せっかく髪を整えたっていうのに頭を振ってしまった。


 割れてた頃のあたしはどうしても消えない。


 皆着替えたか、隣のクラスの子達は教室から出て行き、今度は隣のクラスに行っていたクラスの野郎共が戻ってきた。

今日は帰りのホームルームもないし、このまま部活に移る。

と言っても書道部はいつものように自由参加なんだけど──。


「──また三つ編みに戻ってら」


 カジだ。

すでにバッグを肩に掛けてこっちも部活に行くよう。


「戻すっつの」


 そう言いながらあたしもバッグを手に席を立つ。


「この後暇?」


「部活。あんたもでしょ?」


「そうだけど、ちょっとお茶どうっすか? さっきお菓子貰ったから」


「何、律儀だな」


「生物部伝統、ギブアンドテイク」


 いわゆる物々交換って事らしいが別にいいのに。

まぁ、悪い気はしない。

するとあたしらの会話を聞いていたクラスの子が、俺らもー、とか言い出したが、カジはすっと手を出して、まずはくれてからだ、とちゃっかりした返しをした。

これも伝統か、すっかり部に馴染んだようだな、と先を歩き出しながら友達やクラスの子らにバイバイ。

それから。


「何飲ませてくれんの?」


 やや後ろに振り返りながらカジに聞く。


「珈琲か紅茶か麦茶かあとなんかの葉っぱの茶か牛乳かジュースか」


 何でもあってどうなってんだ生物部、とあたしは計らずも笑ってしまった。


 なんでかな。

同性の子よりあたしでいれる。

多分、お互いちょっと深いとこ、知ってるからかも。

なんて、あたしは嘘つきだ。

まだ、隠してるのに。


 ──この時、あたしは気づかなかったんだ。

自分が思うより人に見られてる事なんて。

だって自分の事で精一杯だったんだ。

今立ってるとこだって薄いところで、いつ線引きみたいにヒビが入って崩れるかわからないから。


「──ハギオ?」


「…………あ?」


 床に落としたローファーを眺めてしまっていた。

癖はなかなか治らない。


「どうかした?」


「いや、話には聞いてたけどっ生物部行くのは初だなって」


 そう話しながら踵の指を入れてローファーを履いたあたしはカジの隣を歩く。

前より近くなった距離は別に嫌じゃないし、変じゃない。

ただカジは目立つ。

だから目線が刺さる。

けれどこいつは気にしない。

気づいていない、って方がしっくりくるか。


「あんたってさ──」


「──ミヤでいい」


 クラスの皆が呼んでる愛称。


「じゃああたしの事ミナって呼ぶ?」


 似てる。

するとカジは間髪置かずに呼んだ。


「ミナ」


 カジの方が背が高いから仕方ないが、やや見下ろされながら、けれど、あまり見ない少し赤いような、そういうのが見えて。


「……お前、何照れてんの」


 頬っぺたが熱くなってきた、ような。


「うっせ、うっせ。なんか、むず痒いっつーか……って、お前ってまた──」


「──ミヤ」


 すんなり呼べた。

けれどやっぱなんか、むずむずが移ったみたいなので誤魔化すために、ばしっ、と意味なくカジ──ミヤの腕を叩く。

するとすぐに仕返しが降ってきた。


「頭抑えつけんな」


「はっ、照れんなよ」


「うっせ、縮むだろー」


「ちょうどいい手置きだったんでー」


 あーあ、また髪ぐちゃったじゃんか。

まぁ別にいいか、直せばいいし。

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