第401話 ゴーフレット(前編)

 学校行事ってのは目まぐるしい。

勉強、テストがあれば今度は運動。

趣向を変えて全クラスごちゃまぜのクラスマッチとは、この学校はお祭り的な事が好き過ぎるような。


「──よ、ハギオ」


「よ、カジ。って、野郎共のバスケ終わったの?」


 ブイ、とピースサインを作ってカジはあたしの隣に並ぶ。

ここは第二体育館。

あたし達のクラスの女側のバレーの試合前の待機中で、二階席の柵に寄り掛かって他のクラスを上から眺めている。


「勝ったんだ」


「負けたからもう終わり。いえい」


 紛らわしいブイだな、とあたしは苦笑いする。


「相変わらず省エネ気質だな」


 しかし最近のカジは眠る事が少なくなった気がする。

目の下のクマも薄くなってきてるし、健康になった? って、十六くらいの奴に変か。

まぁ良い変化。

とか思うのはこいつと妙に絡むから。

違う、こいつが絡んでくるから。


「あ、リョウちゃん先輩はっけーん」


 こーんなに人間うじゃらうじゃらいるのによく見つける。


「まだ好き?」


 カジはリョウちゃん先輩とやらに恋してた。


「ずっと好き」


「ふーん」


「お前はそゆのねーの?」


「ねーよ」


「ふーん」


「ふーん?」


「何?」


「……ううん、いい」


 踏み込んでくるかと思ったから拍子抜けしただけ。

それと、だからこいつとは居心地が……収まるっていうか、そういうの。

で、視線を感じる。

あたしの手に。


「ああ、クラキ先輩がくれたんだ」


 丸くてすぐに割れそうなほど薄ーいクッキー煎餅にクリームも薄ーく挟んであるお菓子だ。

クラキ先輩がお菓子を持ってない時ってあるのだろうか。

袋を開ける前に半分──おっと、ちょっと斜めに割れちゃった。

大きい方はもちろんあたしで。

さすがに授業中にお菓子はヤバい気がするので隠れるためにしゃがむか。

手招きしてカジもしゃがませる。

当然、食べないって選択肢はない。


「ハギオって固いからこういうの駄目って言いそうだったのに」


「勝手だな。やんねーぞ?」


「嘘嘘、さんきゅ」


 するとカジの肩を叩く奴がいた。

他のクラスの女の子三人。

どうやら顔見知りのようでカジは、ああ、とか、うん、とか適当な相槌でもっと喋ってやれよと笑いを堪える。


 カジはモテる、らしい。

顔の造形がいい、らしい。

あたし以外の勝手な統計でそう、らしい。


 って事であたしはさっくり用無し、ぱっきり見えてない装い。

ついでにあたしもさっくり用もなけりゃぱっきり見ないふり。


「──何で置いてくんだよ」


「は?」


 気を利かせてそぉっと離れたというのに、驚いたのはあたしだけじゃなくて女の子三人も。

だってお喋りは途中も途中。

まだ口の中に残るお菓子をさくぱき食べながらカジは後ろにいる女の子三人を見ようともせず──きまずぅっ。


「置いてったんじゃなくて残したんだけど」


「ヤだ。知らない人だし」


 えー……? カジがわからん──けど、いっか。

あたしには関係ない。

そろそろ一階に降りなきゃだし、とカジも隣についてきた。


「あんた、背中気をつけなよ」


「なんで?」


「いつか刺されそ」


「こっわ。つーかお前も後ろ」


 と、カジはあたしの三つ編みを突然解いた。

緩くくせがついた髪が頬に広がる。


「解けそうだったから。つかハギオの髪キレーなのにいつも三つ編みだよな」


 目に、体に、力が入った。


「……楽だから」


「今の誤魔化したな。はい」


 手に落とされた髪ゴムを少し見て、握り込む。


「何?」


「言いたくないなら、いい」


 あたしは特別三つ編みが好きなわけじゃない。

本当は──本当も何も、ただ、あたしは──。


 残った三つ編みも解く。

長い前髪の先から、斜め前を歩くカジを見る。


「──……──からだよ」


「ん? 何か言った?」


 聞こえなかったなら、いい。


「別に」


「ふーん」


 あたしはあたしだ。

もう前のあたしには、なりたくない。

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