第399話 月見団子(前編)
網戸も何もかも開け放った夜の縁側に、今年はもう最後の出番であろう蚊取り線香がゆるぅく揺れている。
庭にある橙色と黄色の間の色に灯るガーデンライトと、姿を見せない虫の声も許せる音量で合唱中。
庭に出る用のサンダルに足を入れて、右、左と足を揺らせてみる。
後ろ手をついて、暗い夜を見上げる。
ちぇ……雲が邪魔してる……。
星だとか月だとかを見上げる日とされた夜は空が意地悪してると思う。
昼はあんなに晴れた顔をしていたのに。
「……へっくしょーい!!」
むぅん、お尻が飛び上がるくらい豪快なくしゃみをしてしまったわ。
もう長袖に衣替えする時期、しかしお風呂上りで薄着を選んでしまったのがいけなかったか湯冷めの時間もうんと早い。
すると後ろから足音。
「──こら受験生ー、体調管理ちゃんとしなさーい」
父さんだ。
そしてせかせかとリビングのソファーに置きっぱにしていた私のジップパーカーをはい、と渡して、ついでに膝掛けのブランケットまで渡して、しかも掛けてくれて、次に温かいお茶を持ってきて、熱っ、と軽く息を吹いていた間に今度はお皿と自分のお茶を持って隣に座ってきた。
真ん中に置かれたお皿には、兎。
「ありがと。今年も可愛い」
ジャムか何かの赤い目の点とココア? か何かの耳を模した線だけで変身した月見団子は我が家の定番。
「んっふっふ。頑張っちゃった」
月見団子は毎年、というか私が覚えている限りずっと父さんの手作りだ。
お互い、いただきます、とさっそく一匹──一つ。
もっちもち。
そして中身は、ごくん。
「さつまいも餡?」
やや甘ぁいのが、さらり、と口の中に溶けてく。
美味し。
「そ。月の変わり」
父さんは私の父さんで間違いないわ。
ずずっ、とお茶を飲んで、一息。
「この間の話、聞いたよー」
この間の話。
父さんは仕事で時間が合わなかった。
「……うん」
何となく話しづらくてなぁなぁになっていた。
「うん」
もう一つ、と躊躇なく齧られる兎の団子。
「……ごめんなさい」
「ん? どうして謝るの? 父さん嬉しかったのに」
嬉しかった?
「お、驚かなかったの?」
「んー?」
もっぐもっぐ噛んで飲み込んでから父さんは私に振り向いた。
少し、じっ、と見つめられてから、ふわっ、といつもの柔らかい目になった。
「もちろんびっくりしたよ。母さんにそっくりで」
口を尖らせる私に父さんは笑っている。
「父さんも母さんや婆様に同意かな。勉学だけじゃなくて生活力もつけてほしいし、
自分力。
「それからでも遅くないんじゃないかなって思うよ……そのぉ……か、か、彼と同棲なり何なりするのは、うん」
私も一つ、兎の団子を手に取る。
「……クサカ君ね、素敵な人なの。私にはもったいないくらい」
大好きなお菓子を次の日もその次の日もとっておきたいって思うくらい。
今持ってる兎の団子みたいに。
「私、わるい子かなぁ?」
「まさか。シウちゃんはずっといい子だよ。だから嬉しいんだよ──ちゃんと心が動いてる」
すると父さんは続けて、こう言った。
「ユウちゃんの分までいい子にならなくていいんだよ。我慢しなくていい、我儘しなさい。父さん達はユウちゃんもシウちゃんもどっちも見てるからね」
「……いいの?」
「いいよー。っていうか、一緒に悩んで考えるくらいさせてよ」
終始父さんは楽しそうに笑っている。
何だか、すとん、と胸のつっかえみたいなものが落ちたような気がした。
兎の団子を少し大きいけど、全部一口で頬張る。
姉さんがいなくなってから──私を助けてくれた時から、私は自分を殺し続けてた。
その癖が残っているのはわかってる。
まだ、頑張りの最中。
突拍子もない事だったけれど、これは頑張りの実りとしてとっていいんだろうか。
私は父さんの腕に寄り掛かる。
子供の時から変わらない、頼りになる大きな腕。
ごくん。
「もうちょっとだけ、一緒にお菓子食べてあげる」
いつか言われた父さんからのお願い。
そう言うと父さんは、ちょっとと言わずにいっぱいよろしく、と言ってきたのだった。
残念ながらまだ空は曇ってる。
けれど甘い月の変わりの餡で満たされている。
「またクサカ君連れてくるからね」
「えっ、あっ、はいっ」
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