第398話 マーブルケーキ(後編)
後輩達も色々考えるわけで。
※
九月は夏休みから続けて自分の作りたい、育てたいものを自由にというのが生物部の活動。
私はこの時期に育てやすいらしいラディッシュをプランターで育てている。
しかし種が思ったよりいっぱいで、それに伴ってプランターがずらりと並ぶ事になってしまった。
その間引きの真っ最中、すぐ隣ではタチバナ君が夏で弱ったり盛りを終えて抜いた株を片付けている。
「──チョウノちゃん先ぱーい」
「…………はい? ──わっ!?」
遅れて気づいた声に振り向くと、ドアップのミヤビ君がいた。
至近過ぎる距離にしゃがんだままややのけ反る。
「間引きが全引きになりそうですけど?」
下に指差されたプランターを見ると確かにその通り。
「上の空」
返す言葉もない。
俯いて作業してるはずがどこを向いていたんだか。
しかしあれだなぁ……ミヤビ君はいつも近いなぁ……。
人懐っこい猫みたい……。
「──カジ、離れて」
「はーい。あっち行きまーす」
そして聞き分けのいい犬みたい。
ミヤビ君が別の作業をしに離れた後、同じ場所にタチバナ君がしゃがんだ。
軽く触れた腕同士、そこから見上げたすぐにお互いの視線がぶつかった。
「……困ってなかったよ?」
「俺が困ったの」
さっきの。
ミヤビ君の距離が近いやつ。
照れる、けれど、困る、けれど、嬉しい、やっぱり困った。
「そっかぁ」
「で、チィは何考えてたわけですか」
ぎく。
「な、何も?」
「目が言ってる」
うっ……ばれないようにゆっくり目を逸らしたのがあだとなってしまったようで。
間引きの続き。
タチバナ君も作業の続き。
「……なんか、なんかね……ちょっとずつ離れていくんだなぁ、って思ったの」
別に経験がないわけじゃない。
中学の時の三年間だって高校の三年間とシステムは変わらない。
先輩が抜けて、今度は私達がそうなる。
新しい一年生が来て、またぐるぐる繰り返し。
わかってるのになんだか胸がもやるのは多分、さっきの話のせい。
「先輩達とこんなに仲良くなったの初めてだからかな」
中学の時はもっと淡泊だった。
挨拶程度で遊ぶとかもなかった。
「──次は俺らの番って思った?」
ちょっと笑って誤魔化したのに、ちっこい私をいつも見つけてくれる。
すると横上から、はーっ、と大きめのため息をつかれた。
呆れられた? と慌てて振り向くと、少し笑っているタチバナ君がいた。
珍し、あんま笑わないのに、っていうか笑うとこあった?
「チィって薄情だな」
「えっ!? え、え?」
「あの人らが卒業ごときで、はい終わりー、って? ないでしょ」
な、ない……かも。
「離れるとか、ただの物理的な距離だけだろ。まぁ俺らもそうなるかもな、進路とかで」
……うん。
するとタチバナ君は軍手の手で、私の軍手の手を握ってきた。
でっかい手で、私の手はすっぽり隠れちゃって。
「──俺、離すつもりないんだけど」
風が、ざぁ、って、飛んでいった。
生物部が育てた草木や野菜に音を立てる。
私の髪も、タチバナ君の長すぎる前髪も揺れて、何か、私のちっこい胸のもやりとかも吹き飛んだ気がした。
「……私より好きな子、出来ちゃうかも」
「ない」
「わかんないよ」
「わかる」
すごく早くて、すごい自信に呆気にとられた。
「そうなんだぁ」
「そ。チィは?」
「うーん……」
やや首を傾げて想像してみる。
「ここで考えるとかマジか」
「あはっ、冗談。私も……離さない、です」
言ってわかったけれど、これ、ものすごく恥ずかしい。
「元気出た?」
あ、タチバナ君も耳、赤い。
私と同じで後から気づいたっぽい。
だから答えとして、繋いでた手を一度離して、タチバナ君の腕に腕を絡めてから、また繋いだ。
さっきよりちょっと、もっと距離を近く、した。
「ありがと。今度からちゃんと話すね。タイヨウ君も話してね」
「なんでも?」
「うん? うん」
するとタチバナ君は、今すぐ離れないとチューしそう、とか言うので私は慌てて離れたのだった。
最近コウさん先輩化してきてないかなぁ……や、ヤダなぁ……。
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