第400話 月見団子(後編)
ちょっと重いヘッドホンと流れてくる流行りの歌。
半分だけ開けた窓から入る風で揺れるカーテンと、風呂上がりの牛乳を飲み切ってしまったグラス。
そして机に広がる問題集。
夏休みからもうずっと俺は勉強モードで、この時間は机に向かう事が習慣になった。
時間はまちまちだけど、勉強しないって日はない。
とにかく頭に詰め込むだけ詰め込みたい、んだけど……。
んぁー……頭、しんど。
眼鏡もヘッドホンもお構いなしに机に突っ伏す。
俺、多分要領が悪いかも。
いや、色々調べたりコセに聞いたりしたから改善はしてる、と思う。
だからそうじゃなくて──と、目を瞑って考えてたら突然ヘッドホンが取られて背中がびくぅっ、と跳ねた。
すぐさま振り向くと、父さんがいた。
「──お前、音でかすぎるんじゃないか? ノックもしたし何回も呼んだのに」
「び、びびったぁ」
寝てたのか、と聞いてきたので、さすがにこの音の中では、と答えると、勝手にベッドに腰掛けられた。
そしてその手には。
「夜食。食うだろ?」
串に団子が刺さった上に飴色のみたらしがたぁっぷりかけられた何故か我が家の月見の定番和菓子が皿に三本あった。
「食うー……糖分欲しかったとこ」
キャスターがついた椅子に座ったまま足で滑らせて父さんに近づく。
どうやら風呂上がりのようでほっこりと顔が赤くなっている。
「いただきま」
「す」
みたらしが垂れないように少し上を向いてひと団子。
むちぃ、とやわこいのと食べ応えのある弾力と和の甘みが疲れに染みる。
「勉強どうだ?」
んぐ。
「やってる。つか、やんなきゃって感じ」
「そ。やんなきゃならない事ばーっかだ。な?」
……ああ、そっか。
俺は父さんが持つ皿に団子を戻して、なんとなく姿勢を正した。
「……順番、飛ばしたっぽい。今、話していい?」
「はい」
「……事後報告でごめん。勢いに見えたかもしんないけど、俺なりに真剣だった、よ」
やばい、喉乾く。
お茶も持ってきてほしかった。
「そんで……考えが足りないとか、わかった。怒られて当然で、その──」
「──彼女の名前から聞きたいなー」
あ、あー……。
「えと……クラキシウさん、って名前」
それから、同じクラスで、よく話をしてて、いつの間にか彼氏彼女の気持ちになってて……一言で表すと。
「腹いっぱいになんない人、なんだよね」
どんだけ会っても、話しても、全然足りない。
まだ欲しい、もっと欲しい──ずっと隣に居たいと思っちゃう人なんだ。
全部全部、初めてなんだ。
ずっと続けって思っちゃうんだ。
俺にとっては、そういう人なんだ。
一本目の残りの団子を食べる。
「そんで美人ときた」
んぐっ。
「しかも頭も良くて品もいいらしいな」
んぐんぐ、ごっくん。
「そ、そういう──」
「──母さんが気に入っててな、次いつ来るかなって楽しみに話してたんだ。父さんまだ会ってないのに詳しくなっちゃったよ」
おそらく父さんと母さんは俺やヨリが知らないところで俺らの話をたくさんしていたんだろう。
っていうか女子の話までとか。
父さん達は見てないようでちゃんと見てるんだよな……夜の月みたいに、気づけば俺らを照らしてる。
団子がなくなった串を眺めて、気恥ずかしさを紛らわせた俺は改めて話す。
「つまり……気ぃばっか逸っちゃってた、から……今は、やる事やるって、決めたとこ、で」
すると父さんは俺よりも先に、ふーっ、とまるで息継ぎのように息を吐いた。
「うん、わかってるならいい。お前もまだまだって事だ」
ぬぅん……何も言えねぇや。
「あとな、父さん嬉しいんだぞ?」
「え?」
「リョウにも大事にしたい子が出来たんだ。やるじゃん」
ひゅーひゅー、とにやけた顔でからかってくるのはいつもの事だけど、今回は勘弁して。
「だからっ、そういう冷やかし──」
「──冷やかしてない。何かあったらまずは教えてくれ。それから相談したかったらしなさいや。思った通りの答えは出来ないかもしれないが、家族だ。知らないのは寂しいじゃんよ。な?」
父さんは父さんをしていた。
それなら俺は俺で、子供をしよう。
「……わかったよ。近々、彼女連れてくるから、まずは会ってみて」
「よっしゃ、超楽しみにしとくからなー」
親父が超とか家の中だけにしとけよ、と思いながら俺は二本目の団子の串を手に取ったのだった。
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