第391話 キャラメルポテト(前編)
文化祭二日目──午後一時半。
実習棟二階の隣の空き教室の片隅で、書道部の私達は準備を始めた。
お供は中庭の屋台で出ていたキャラメルポテトだ。
洋風の大学いもっぽくて、ちょっとアレンジしてある一品だ。
潰したじゃがいもを春巻きの皮? で、ひと口サイズに包んで揚げて、カラメルにくぐらせた、つやっとしていて可愛い。
まだややあったか、ほっくりあまぁい。
「美味し。皆も食べて食べて」
「すみません、あたしも何か持ち寄ったらよかったですね……」
「いいのいいの。先輩の奢りってやつ、やってみたかったのよね。遠慮しないで、ほらほら」
じゃあいただきます、と食べたすぐ、その顔がほっこりした。
お手伝い用の黒い作務衣は少しサイズが大きいよう。
そんな私もすでに袴を着て、あとは
馬毛の筆、羊毛の筆、
今回は大きな容姿には綴らないのでこれ以上太い筆は必要ない。
墨もいつも使っているもの。
白い紙に、黒い墨。
白い着物に、黒い袴。
カトー君の方のお手伝いの後輩が、もう一度段取りの確認いいですか、と言ってきたのでおさらいする。
透明のビニールシートはもう書道部に持っていっているから後は広げるだけ。
これは汚れ防止だ。
書道道具はそれぞれ自分達とそれぞれのお手伝いの後輩が持っていくとして、後は何があったかしら、ともう一つキャラメルポテトを食べる。
「んむんむ。まぁ、何とかなるんじゃないかしら」
「ここに来てざっくり言いますね」
ごくん。
「ここに来ないまでもざっくりよ? ──」
「──クラキ先輩、これで合ってます?」
奥で袴に着替えていたカトー君が出てきた。
「合ってないわ。いらっしゃい、直してあげる」
結びが雑で見栄えも悪かった。
「え、より不安なんですけれど」
「煩い口には美味しいもんを詰め込みましょ」
一つ、そしてまた一つとキャラメルポテトを食らわせて静かにさせると、こっちもほっこりな顔になった。
少し笑って、立て膝をつく。
まったく、適当に固結びなんてナンセンス。
「上手に書けても袴ずり落ちたら格好悪いわよ。お客さんの状況は?」
ぼちぼち入ってます、ともう一人の後輩が言う。
二時からやる、というのはパンフレットにも記載してあるし、知り合いから知り合いへと伝わっていったのだろう。
そして男子も観に来ると言っていた。
「……これで私の部活動は終わり」
袴の紐をしっかり前に、後ろに巻き付ける。
「ずっと、しっかりした先輩じゃなくてごめんなさい」
後ろでしっかり結んで、次は前。
「もっと、皆と一緒に色んな事したかったわね」
一年生は半年程度、数えたら十数回も会っていないだろう。
二年生も今まで誰も辞めないで続けてくれて、嬉しい。
三年生のもう一人は、今年も兼部の方で忙しそうだけれどちゃんと作品は出してくれている。
部費のなんかやんやも全てお任せ、やってくれていた。
「……私はちゃんと先輩を出来ていたかしら」
あなた達が描いた先輩が、出来たかしら。
すると、ごくん、と口が開いたカトー君が言った。
「まだ終わってねーんだけど」
それを皮切りに聞いていた後輩達から次々と言葉が飛んできた。
しっかりした先輩とか先輩じゃなくないですか、とか、結構教え方とかわかりやすかったですよ、とか、先輩の字見るの好きです、とか、いっぱい、いっぱい。
こんな風に思ってくれてたなんて、私──。
「──あんた、結構好かれてますよ。後輩らに」
カトー君のとどめの一撃。
ついでに着付けも終わった。
立ち上がって、我慢する。
「……やばいわ」
「は?」
「泣きそう」
「げ。嘘──」
「──うん、嘘」
涙はまだとどめておく。
そして黒い襷を手にとって、一本をカトー君に渡した。
「まだ頑張らなきゃね。好いてくれる後輩に勝ちたいから」
逆手に取ったり。
顔を歪ませるカトー君に二年生達が、お前が一番クラキ先輩ん事大好きだもんな、とからかう。
「う、うっせー! くそっ……あと襷もやり方わかんねぇんでお願いしまっす!」
はいはい、と私は世話が焼ける大好きな後輩に手を貸すのだった。
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