第390話 ひやしあめ(後編)
第二体育館は美術部、工作部、服飾系の部、そして写真部などクリエイトな部活動の人達の展示会場になっている。
広いスペースが必要という事もあって、パーテーションで間切りをつけたブースがあちこちにある。
「昨日ミッコと来たんじゃねぇの?」
手はまだ繋いだまま。
「ううん。私は一緒出来なかったの」
カトー君との件とは別に、書道部で少しごたつきがあって対応に追われてしまったのだ。
「ネタバレはしたくないから私が見終わってから感想言うね、だって」
「それは期待大──って言いたいとこだけ、ど」
「ど?」
「……自分で自分見んのって変な気持ちぃ」
モデルの企画の時、私はずっとカメラの後ろから観ていた。
残念ながらコセガワ君の番の時は観れなかったのだけれど、そしてミヤビちゃんはカメラの横からだったけれど。
全部見て回りたいところだけれど、時間も限られているので入口から一番奥にある写真部のブースに真っ直ぐ進む。
「──お、いらっさーい」
「レン君」
「おー、当番だったんか」
他愛のない挨拶からの、レン君のにやけた顔がまだ続いていて、はて、と思った。
「仲良しこよしな事でー」
はた、と気づいた私はせっかく冷えた顔が瞬間沸騰、また熱くなるのを感じた。
さっきまで意識していたのに、もうそれが普通みたいに、当然みたいに繋いでままでいたのに気づかないなんて。
すると男子は、ぐいっ、と私の手ごと腕を上げた。
勢い良過ぎて少しつま先立ちになった。
「仲良しでーす」
「へ、え?」
「うっへぇ、開き直り強ぇわ」
「ちょ、ちょっと、リョウ君っ──」
小声で、ぽそっ、と言われた。
「──嘘、照れ隠し」
一旦離すけれどまた繋ぐから、とこれも小声で言った男子がまた可愛い。
ずるい、もう繋ぎたい、とか言ったら、きっと私の負けだ。
※
写真部の文化祭のテーマは、学校。
学校の敷地内で撮った写真、という事らしい。
白いパーテーションと壁と床、飾る台まで真っ白の中に、色んな学校の色があった。
春と夏が隣に並んでいる木々の模様風景は季節だけではなくて、時間帯でも違う世界のように感じた。
雲一つない水たまりのような空も、夕陽が溶けたような空もこの一枚の時だけ。
ポラロイドカメラみたいな、薄茶色のセピア色の写真はどこかセンチメンタルに感じるのは気のせいじゃない。
わざとかわざとじゃないか、置いてけぼりの傘立ての傘が斜めになっているだけなのに、きっと晴天だったのだろう空は白い。
「──やっぱ写真っていいなぁ」
男子もこんなに本格的じゃなくても、同じ好きを持っている。
「……うん」
壊れたフェンスから覗く誰もいないグラウンドも、寝そべったまま見上げた教室のカーテンの靡きも、さっきまで誰かが座っていたまんまの椅子も、初めて見るわけじゃないのに──感じてる何かは確かにあるのに、言語化するのが難しい。
一番奥がレン君が撮った写真らしくて、彼は恥ずかしいのかそそくさと遠くに逃げてしまった。
一緒に見たかったのに、と思いつつ、もう、そんなの、どうでもよくなった。
壁にある写真は大きい。
額も何もなくて、ただそこに飾られた四枚、その中の四人は、四色の花を持っている。
晴れた日だった。
暗幕を使って太陽を遮断した。
四人それぞれ、花──好きな人と一緒の写真。
もう、言う事なんてない。
ただ、ただ釘付け。
ごめんなさい、もうリョウ君しか見えないの。
けれど、少しでも私が写ってるだなんて聞いてない。
撮影の時、踊ってて色んなアングルから撮っていたのは知っているし、もっとかっこいい場面はあったはずなのに。
こんなの、ずるいわ。
「……俺って、こんなぁ?」
そうよ、って言いたいのに声に出てくれない。
横顔で写る男子は、ブルースターという小さな花束を掲げて膝をついていて、片方の靴紐が解けていて、シャツも乱れていて、きまっていた髪型も崩れている。
写真の端に入り込んでしまった私は写真の端っこで、セーラー服と足だけが見えていて、伸ばした手で花束を受け取ろうとしている。
楽しんでくれた友達達も後ろにぼやけて写っている。
「……あなたはこんな人よ」
あたたかい光が似合う、楽しい人。
気づいたら私は男子の手を握っていた。
男子は驚く事もなくて、握り返してくれた。
それから私達は並んでしばらく写真を見つめる。
ねぇ、あなたは私にどう映ってる? ──ううん。
私達は、どう映ってますか?
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