第389話 ひやしあめ(前編)

 文化祭二日目──正午。


 午前中は部活の当番でまたもや歩き売りをしていたのだけれど、これまた盛況ですぐになくなって、クッキーを取りに戻ってを二度繰り返して結構大変だったりした。

昼時という事でここ、中庭も屋台的な出し物が立ち並んでいるため、人がわんさかいる。

隅っこの影の方に避難した俺は、携帯電話でライーンを打つ。


『中庭の隅っこ』


 すぐに既読になって、オーケーのウサギのスタンプが送られてきた。


『今から向かうね』


 っていうのも送られてきたので俺も、オーケーのネコのスタンプを送り返して携帯電話をポケットに突っ込んだ。


 はー……屋台も色々だなぁ。


 恒例のスイーツ部の屋台は長蛇の列で、今年もゼリーの玉みたいなのを出していた。

映えるのか写真を撮る人がそこら中でぱしゃり、と思ったらグルメ部の肉汁滴るソーセージにじゅるり。

はたまた焼きおにぎりの香ばしい匂いにごくり。

とか言って、歩き売りしながら色々買い食いしたから腹は満たされている。


 けれどそだな……お、ちょうど並んでないじゃん……。


 ※


「──あ、いた。もう、探しちゃったわ」


「え?」


「全部の端っこ回っちゃった。それにまたライーンしたのに」


 四つの角っこをうろうろさせてしまったらしいけれど、俺はこの通り両手が塞がっている。


「ごめんごめん、これ持ってたからよ。きんきんに冷えてますぜ」


 少しぷんすかしていた女子は、ひやしあめ、と聞いて、ぱ、と目を輝かせる。

ちょろり。

ちょうど端っこの影の隅で壁を背に二人して並んで、音のない乾杯をする。


 あー……ほんのぉり甘いのと喉に通る冷たぁいのと、感じるか感じないくらいかのショウガのぴりり感。


「はあ、美味し。小走ったから暑かったの」


「急がなくてよかったのに」


「待ってるから急ぎたかったのー」


「ふん? 何か予定入った?」


「ふふっ、わからないでいいのよ。ちなみに予定は言ってた通り」


 女子も午前中は部活の展示当番で、お互いやっとの休憩時間だ。


「ここ、屋台が並んでてお祭りって感じ。ひやしあめもそんな気分」


「んだなー。そういや飯食った?」


「小休憩の時に昨日のクッキーいただいたわ、ありがとね。可愛くてもったいなくて葛藤した……」


 正座クッキーは女子の誕生季節のものを選んだ。


「三秒くらい?」


「二秒くらいよ」


 笑い合ってまたひと口。


「二時からだな、パフォーマンス」


「うん。昨日あの後ね──」


 内容変更があった事、カトーとなんやかんやあった事、なんだかんだ言って楽しみな事を女子は多分気づいていないけれど──。


「──聴いてる?」


 ──いい顔で、お喋りしてる女子をずっと見てたいくらいに。


「聴いてるよ」


 すると今度は女子が黙ってしまった。


「……どした?」


「う、ううん」


 嘘だ、と俺は女子の顔を覗き込んで、じっ、と見てやる。

観念したか、近い近い、と太ももをタップされた。


「あのね……リョウ君、たまに見た事ない顔で私を見るの。怖いとかじゃなくて……」


 今度は、ひそり、と小声で言われた。


「可愛いの。思わず抱きしめちゃいそうで困っちゃう」


 自分の顔なんか反射の時しか見えない。

だから、どんな顔かわからない。

考えた結果、ものすごーく恥ずかしくなって、せっかくちょっと冷えたっていうのに、また熱くなった。


「こ、困らせんなよぉぉ」


 そう返すので精一杯。


「んふっ、おあいこ様。そろそろ行きましょ。今だったら人少ないかも」


 確かに今は昼飯時で、食べ物があるここより他は人がばらけてそう。


「もう一つ困らせていいかしら?」


 なんでしょうか、と思ったら──それは、困らない。


 女子は、はい、と手を繋いできたのだ。

しかも指を絡める恋人繋ぎ。


 最初は指だった。

そして本数が増えていって、手のひらになった。

俺にとってこれは特別で、暑いだろうなとか考えちゃって、なのにこんな人が多い場所で、困らせていい? とか女子は前置きして。


「……人、多いし?」


 俺も前置きして。


 歩き出した俺達は、やっぱ見られる甘い欲の形に少しだけ照れて、ちら、と目を見合わせる。

向かうは写真部の展示スペースがある第二体育館。

そんなに長い距離じゃないけれど、多分、お互いこう思ってる。


 困んないから困ったなぁ、って。

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