第392話 キャラメルポテト(後編)

 文化祭二日目──午後二時。


 実習棟二階の真ん中、書道部は展示の配置からパフォーマンスの配置に変わっている。

お客の数は上々、廊下側の窓からも覗く立ち見もずらりと並んでいる。

俺は、一番後ろから少し背伸び気味だ。


 教室の前の扉が開いた。


 作務衣の二人と、袴のカトウと──女子。


 自然と起きた拍手に釣られて俺もした。


「──始めます」


 段取りは去年と同じ。


「……本日は書道部にお立ち寄りくださりありがとうございます」


 一呼吸は緊張か、ちょっとにやける。


 女子とカトウは隣同士に並んでいる。

去年と違うのは二人、そして紙が大きくない事。


「自己紹介を」


 そう言って二人は筆を手に取り、すぐに書き始めた。

久良木、加藤の文字はそれぞれ違って、上手い。

書き終わった紙を掲げる。


「書道部副部長、三年のクラキです」


「書道部二年のカトウです」


「どうぞよろしくお願い致します」


 深々と頭を下げる二人、そして戻った顔は、もう真剣──だよね?


「企画の説明を致します。隣のカトー君と戦います。以上です」


 ざっくりし過ぎて、お客はざわり、俺はふきそうになった。


「追加で説明します。皆様からお題をいただいて、それぞれ綴ります。判定は皆様です。拍手でお願いします」


 なるほど、と二人の前には新しい半紙が準備された。

そして早速OBと思われる男性からお題が出された。


 激しい戦いになりそうだ、という事で最初のお題は『初嵐はつあらし』。

今の時期に吹く強い風、だったかね。


 …………もう静か。

さっきまでのざわめきがほんとに吹かれてったみたいな。


 そんで、ほんと、かっこいいや。


 ※


 ……うん。

なんか、いい。

空気と緊張が馴染んでる。


 ──そっか。

もう楽しいんだ、私。


 筆を置いて、私の『初嵐』を見せる。

カトー君の『初嵐』も見えた。

力強さは彼の内面にあるもの。

少し荒く見せようとする繊細さも彼のもの。


 最初はカトー君にとられた。

いいえ、譲ったという事にしておきましょう。

まだ続きはある。


 お題二本目は二年生の女の子から『果物』。


 うーん……全部、って書きたいけど、好きな漢字で見せたいかも。


 カトー君は携帯電話を取り出して漢字を調べ出した。

ずるくない? ほら、お客さんも笑ってるわ。

無視がすごい。


 丸くて、甘いだけじゃないあの子にしましょう──『すもも』。


 カトー君も丸くて、苦いところもあるあの子──『八朔はっさく』と綴った。


 やった、二本目は私の勝ち。

そんな荒々しく食べてはいけないわ。


 三本目のお題は一年生の男の子から『虫』。


 どうしよう、虫は苦手。

うーんうーん……それなら触るのは絶対ごめんだけれど……ひらひらはばたく──『鳳蝶あげはちょう』。


 カトー君はまた携帯電話で漢字を確かめてから小筆で綴ったのは──『あり』。

近づかないと読めないくらい小さくて、やられた、と思った。

彼がこんな風に遊ぶなんて。

カトー君に軍配が上がる。

くぅっ。


 いいわ、宣言通りもっと遊びましょう。


 ※


 かっこいいや、とか思ったんだけど、今は面白いや、に変わっている。

っていうか二人とも字ぃ上手いのはそうなんだけど、こうも違うかね? って感じで、書道を全然知らない俺でもいつの間にか楽しんでる。

女子は、戦い、なんて言っていた。


 嘘じゃん、めっちゃ遊んでんじゃん。


 はーあ……あれ、俺の彼女なんです、めっちゃかっこいいでしょ、って自慢してぇ。


 ※


 四本目のお題は学年主任の先生から『苦手な教科』ときた。

困った、ものすごーく書きにくいわ。

と思ったらカトー君の方が困ったみたいで、腕を組んでゆっくり左右に揺れている。

そんな私も首を傾げて、うーん。


 やっぱり私はこれかな……あっ、弱弱しい気持ちのまま綴っちゃった──『体育』。

むぅん、お客さんのくすくす笑いがちょっと恥ずかしい。


 カトー君は、もういいや、と言わんばかりに半紙からはみ出さん勢いのまま大きく平仮名で──『ぜんぶ』。

開き直りって強いわ。

あとドヤ顔がお馬鹿さんっぽくて私も笑っちゃった。


 なんだかんだであっという間にお開きの時間が迫っていた。

足りない、もっと。

そう言えたらいいのだけれど、時間は時間。

真剣も遊びも、終わりはやってくる。

我儘は──ううん、こっち──。


「──〆のお題になります」


 顔を上げてそう言うと、お客さん達も、もう? という顔とざわめきをくれた。

カトー君も段取りで知っているはずなのにそんな顔を向ける。


 そう、これが最後。


 軽く頷いてまた前を向く。


「最後は私から──『お互いに向けて一言』」


 ……おっと、どうしてかしら。

今になってド緊張。

手が震えるなんてらしくない。


 持とうとした筆を置いて手を握る。

目を瞑って、薄く深呼吸。


 ああ……私、自分が思っていたよりずっと書道部が好きだったみたい。

ひとりで綴っていたけれど横を見れば、違うひとりがいて、今はカトー君がいる、後輩達がいる。


 私を先輩にしてくれて、どうもありがとう。


 筆を取る。

ひねくれた大好きな後輩に一言。


「……うん」


 筆を置いたのは同時で、お互い目を合わせて、また同時に半紙を前に掲げた。


 


「……俺がぁ?」


 んふ。



「次も私が勝ちね」


 ──おかわりはまた、いつか。

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