第386話 月餅(後編)
終わればあっという間と感じるのは心が充実したからだと思う。
ちょこちょこ困った事はあったけれど、一人じゃなかったから大丈夫だったし、反省点を生かして二回目以降は滞りなくいったはず。
「ああ、楽しかった」
クラスの当番はこれで終わり。
ほんの二時間ほどだったけれど満足だ。
着替える前に撮ったこの写真も満足している。
「お待たせやい──って、さっき撮ったやつじゃん」
着替えスペースの狭いところに男子と二人でしゃがんで、顔がアップの写真を撮った。
いつもと違う髪型で、いつもと違う服で、いつもと違う雰囲気の隠れた写真だ。
「うん、嬉しくて」
思えばこうやって一緒に写真を撮るなんてしてこなかった。
私があまり撮られるのが好きじゃないというのが理由の一つだけれど、もう一つ。
「いつも見れるって思ってたけれど、こうやってまた撮りたいわ」
目を閉じても閉じなくても、思い出さないなんてないけれど、この日を閉じ込めたみたいって今は思う。
「いつでも。ん」
温かい花茶が入った紙コップ。
そしてお待たせ様のお菓子、月餅。
搬入された時から気になって仕方がなかった。
長椅子に並んで座って、紙コップで静かに音のない乾杯をする。
「一旦、お疲れいただきます」
「おつかれまーす」
ミニサイズの月餅はひと口でもいけるけれど、お喋りもしたいので三口くらいで──んー……ほっくりした感じなのに中の餡子がしぃっとり、なめらぁか。
この甘みが続いてもいいけれど、花茶をずずっ、と飲んで──もう言う事なしのコンボです。
男子もやっと一息というように背中を丸くして座っている。
時計はもう午後。
「シウちゃんは午後から当番?」
「ううん。ミッコちゃんと遊ぶの」
モデルの企画の時から約束していた。
「明日じゃないんだ?」
「バイトと被ってるんですって」
「そっか。せっかく書道部のパフォーマンスあんのにな」
「残念だけれどね。それと今回は私がメインじゃないの」
「へ?」
私はカトー君──彼は今日まで、書道部に入ってからずっと真面目に活動してきた後輩だ。
私は皆に、カトー君を見せたい。
と、連絡が来ているかもしれないので携帯電話をチェックする。
男子も部活ライーンのチェック、と同じく携帯電話を出した。
「リョウ君は当番?」
「おん。スイーツ部と合作のお菓子を売り歩く」
エプロンつけて学校ぐるぐるしてんよ、と男子が言う。
「食べたい食べたい」
「わかってるわかってる」
「んふ、ありがと。ひとりぼっち?」
「んや、ミヤビちゃんと」
「それはお客様が殺到しそう」
「何で?」
「あやつは顔だけは可愛いんだもの」
呼び方、と笑われてしまった。
まだ我がクラスのカフェは盛況だ。
私達の後の当番の子達が少しあたふたしている。
きっと私もあんな風に見えていたのかもしれない。
「まずは写真部の展示を見に行くの。かっこいいリョウ君がいるもの」
「今はかっこよくないってー?」
そんな事ないわ。
言うなら──。
「──あなたは可愛いわ」
ずっと、ころころ色んな表情になる男子は私にとってそう、愛らしいの。
「私のだもの。ね?」
「……俺は駄目なのに何でだー、でも良いー」
ほら、複雑そうでも素直に返す男子って可愛いでしょう?
携帯電話のライーンは状況報告でこちらも結構な賑やかさ。
ミッコちゃんもそろそろ着くようで、男子も一旦天文部に行かねば、と残りの月餅を食べる。
それから書道部のライーンも動いていて──。
「──カトー君から変更要請? んぅ?」
「ふん?」
明日のパフォーマンスで私とカトー君は戦う。
文字抜きや意味取り、意味返しの言い合いっこみたいな言葉遊びの書勝負で話はまとまっていたはずなのに、前日の今になってどうしてだろう。
「ちょっと急いで話聞かなきゃだわ」
あとひと口の月餅、もう少しの花茶をぐいっ、と食べ、飲み込んだ私は立ち上がる。
すると男子が背中をぽん、と柔く叩いてきた。
「ごちそうさん」
あ。
「ごちそうさまでした。美味しかったわ」
まだ残る余韻の味に気づいて、軽く息を吐く。
「焦ったら転ぶ」
「ふっ、そーそー。まずはミッコと合流してこい」
まだ文化祭は半日が過ぎたばかり。
「ありがと。天文部の歩き売り探すわね」
エプロン姿見たいし、と私と男子はカフェを後にするのだった。
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