第387話 星座クッキー(前編)

 膝下までの長い腰エプロンと、いつの間に作ったか、星のマークの缶バッチをつけたキャスケットが次の衣装。

薄茶色のピクニックバスケットの中には、俺ら天文部も制作を頑張った星座の焼き印があるクッキーが入っている。

十二星座に有名どころの星座、季節の星座なんかもあって、少しの説明をするのも楽しい。


 そして隣にはミヤビちゃんがいる。


「……腕を解き給え」


「嫌でござる」


 断り方よぉ、まるで彼氏彼氏のようにずーっとくっつかれてっと歩き辛いし、何より周りの視線が凄いのね?


 しかし首から大きめのがま口に財布を掛けたミヤビちゃんは、初めての文化祭って事で少々浮かれている──って事にして、まぁいいや。


 今歩いているところは教室棟の一階の真ん中辺り。

一年生のクラス企画もなかなか盛況で、一番下の階って事で人も集まりやすいのだろうか。


「めっちゃ人いるな。ほれ、声出せ声」


「えー……目立ちたくないんですけど」


 キャスケットを深く被り直すミヤビちゃんはミニ看板でも顔を隠す。

それじゃせっかくのお菓子が台無しだ。

というか、もう目立った行動をしていたのはお前だぁよ? と言いたい。

腕を解いてミニ看板を取り上げる。


「ほれ」


「……天文部ですクッキー販売してますスイーツ部と合同で作りました一袋百円ですいかがですか美味いんでどうぞ」


 一気に言い切った凄い。

けれどしかめっ面を崩さないのも凄い。

それでもミヤビちゃんの呼びかけに寄ってきたお客様三名、いらっしゃーい。


「ほれ」


「えー……こういう女苦手」


「知ってんの?」


「知らない」


「こういうとか言うのは知ってから言いなさいや」


 むぅ、とした顔のミヤビちゃんだけれど、どれにしますか、と棒読みで対応し始めた。

女の子達は一年生達か、同じクラスではなさそうだけれど、どうやらミヤビちゃんを知ってそうな雰囲気だ。


 ほーん、ほのかに甘酸っぱい匂いするー。


 するとその中の一人が俺に話しかけてきた。

どうやら誕生日辺りの星の話を聞きたいらしい。


「それだったら──これ」


 俺はバスケットの中から袋を選んだ。

ちょうど焼き印がこれ。


「くじら座っていうんだけど、星のくじらは手が生えてんだ」


 星にまつわる神様の話も面白いけれど、手短にこういうのもあるよっていう紹介だけにしとく。


「ははっ、そうそう。ちょっとキモいよなー。冬の星座は他にもあるよ。うん、選んでどうぞ」


 やっぱ好きな事喋ってんのって気持ちいい。

少しでも、ちょびっとでも全然いいや。


 最初はどうかなと思ってたけれど、こういう事出来てよかったな、なんて──。


「──何で俺の腕触ってくんの。てか誰お前」


 おっと、ミヤビちゃん? あーあー、女の子達固まってんじゃん。


「こら、言い方」


「だってべたべたしてくんだもん。そういう気の取り方とか気色悪いだけでしょ。無理。リョウちゃん先輩交代して」


 塩分強過ぎて言い返せず。

とっとと俺の背中に隠れて接客放棄だしなぁ。


「……ごめんなぁ、泣かないでね」


 正面切って言われた子は顔が真っ赤だった。


 気の在り方は突然、気の引き方は色々だ。

難問中の難問で、正解は人それぞれで様々。


「えーと、それじゃ、三人とも好きなやつ選んでちょうだいや。俺の奢り」


 お詫びになるかどうか、今はこれで収めてほしい。

というか、先輩に出来る精一杯だ。


「俺は悪くない」


 もー、ミヤビちゃんはミヤビちゃんが過ぎる。

女の子も徒党で怒りだしそうじゃないですか。


「どっちも悪くなーいの」


 はいはいはい、とくじら座と乙女座と射手座のクッキーの袋を女の子達に渡していく。


「ちょっと違っただけでしょうが。あとこんなんで終わりとかなしなー。寂しいじゃん、な?」


 せっかくの文化祭に水差しは禁止。


「ぎすぎすしたままなんて先輩は悲しいなぁ」


 肘でミヤビちゃんを小突くと、まだむすくれてる顔が出てきた。


「……触ってこねぇなら話してやらん事もない」


 超上からで吹きそうになったけれど我慢する。

あとノラ猫感が半端ない。

すると女の子達も悪気があったわけじゃないし、話したかっただけです、と言った。


 まだ酸っぱいだけの始まり。

甘くなるのは俺の知らないところで、きっと……多分。


 女の子達と別れた後、俺達はまた歩き出した。

そして腕組み再開。

ミヤビちゃんはすでにさっきの事などなかったかのよう。


「……俺はお前が心配だよ」


「別に何とも?」


 それも含めてだ、と俺はキャスケットを被り直した。

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