第385話 月餅(前編)

 交代時間まであと少し。

けれどお客は途切れない。


「こんにちはー。入室時は手の消毒をお願いしてます──はい、好きなとこにどうぞー」


 接客っぽい接客も慣れてきた感じだ。


 女子の提案は大当たりで、どこを回ろう迷子様が結構な数で、案内接客がてんやわんやだ。

そんな時、ひっさしぶりの顔があった。

中学の時の友達だ。

学校が違うと顔を合わせる事も難しくなって、それでもライーンで繋がっていたけれど度々報告するっていう仲でもない奴らだ。

それでも顔を見たらすぐに話し始めるような、そんな友達数人は俺を見るなり、変わんねーなー、といじってきた。


 えー、背ぇ伸びたとかあるべよ?


 言うけれど友達らのやかましさと賑やかさも変わらねー、と俺もいじってやる。

髪の毛染めてんじゃん、とか、そういう些細な変化も俺には新しいから。


「──リョウ君、入口塞いじゃ駄目よ。お喋りするなら中へ」


「お、ごめん。シウちゃん、こいつら中学ん時の」


「そうなの。こんにちは、いらっしゃいませ」


 ……おーい、やかましいのどこいった。

さっきとは違って大人しくて、ども、とか言ってどうしたお前ら。


 すると、ひそひそ。


 めっちゃ可愛いんだが!? お前の学校レベル高ぇな!? なぁどうにか繋げてくんね!?


 やかましい。


「何か?」


 やべ、シウちゃんが怪訝な顔してるっ。

んーんー、後つっかえちゃうし、ええい。


「──


 あ、とか、は、とか、え、とか、そういう反応になりますよね。

んでも許して、優越感。

顔がにやけてしまいますなぁ。


「……改めて、です。こちらへどうぞ」


 瞬間把握、まずった。

これ呼びがお気に召さなかった女子の顔が、すん、と真顔になっている。


「ご、ごめんっ! 彼女です彼女っ。だから駄目なのっ」


「んふっ、必死面白い。許す」


 次のお客が来たので女子はそっちに、俺は友達らを連れて離れた。

その間、小突かれたり、真か嘘かと疑われたけれど、さっき言った通りだ。


 凛と背筋を伸ばすチャイナ服の彼女は、俺の彼女だ。


 また顔がにやけていたか、突然携帯電話を前に掲げられて、ぱしゃ、と一枚写真を撮られた。


「てめっ、勝手に撮んなって──」


「──こらーっ、勝手撮影禁止ーっ!」


 ほらみろ、ノムラの注意が──。


 何あの子、ドッ好み! 姐さん系やべぇな、良い意味で! お前のクラスどうなってんの!


「──ごめんノムラッ、これ俺の中学ん時のツレで」


「あっそ。写真撮る時は一声かけてから。わかった?」


 そう聞いた友達らはすぐにノムラに、写真いいですか、とか何とか。

ノムラは、別にいいけど、とトレーに乗せたお菓子、月餅を落とさないようにポージングを始めたのだけれど。


 ……ほらぁ、言わんこっちゃない。


 撮られる寸前、後ろから静かに寄ってきたコセガワが、ノムラの腰に軽く手を回してにこやかに写ってきた。

そしてその後ろに俺は見た。

暗黒的なもやのようなオーラの背景をだ。


 しっかしこいつら絵になるなぁ……。


 二人とも背が高いのもあるし面も良いしで、しかも絡みとなると注目を浴びないわけがない。


「……コウタロー何やってんの?」


「俺も写真に写りたいなーって」


「写ったんじゃない? もーいーかーい?」


 隠れてないかくれんぼかよ、と思いきや、横を通る時に気づいた。

ノムラの耳が真っ赤だった。


 よかったなコセガワ、お前の努力実ってんぞ。


「あ、こいつらに菓子よろしく。茶ぁ持ってくる」


 月餅はミニサイズで、福の文字がいい焼き色。

小休憩にはちょうどいい甘さと腹具合なのでは、とそろそろ減ってきた俺の腹が鳴く。


「ほいよ、それ終わったらアンタ達交代ね」


 俺と女子だ。


「なぁ、俺らも客んなって平気?」


 ノムラが、にや、と笑う。


「いーよー。数は十分じゅうぶん揃えてるし、アタシらもそのつもりだしさ」


 それから、がっ、と肩を組まれてこう言われた。


「写真、撮ってもいいんだよ?」


「い、言われなくても?」


「シウ、待ってんよ」


 あ、そゆ事……やべ、また顔にやけてきちゃったじゃねーかよーぅ。


 俺は顔を手で、むいむい、とほぐした。

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