第384話 花茶(後編)

 文化祭一日目──午前。


 ぼちぼち、というか突然お客様が増えてきた。


「──なーんかうちのクラス、結構話題になってるんだってよ」


 トレー片手にお茶とお菓子が並ぶカウンターの中にいる私にそう言ったノノカの顔は嬉しそうだ。

もちろん私も少し、にやり。

だって甘味処形式を提案したのは私だ。


「喜ばしい忙しさ」


「だね。まぁそれだけじゃないんだけど」


 と、ノノカの視線を辿ると、あらあら、なるほど。


 この衣装のおかげか外面の良さか、コセガワ君の撮影会が始まっていた。

撮っているのは他校の女の子達だ。


「心中穏やか? それとも反対?」


「……七、三ってとこ」


 あらあら、すなお。


「なんつって。アタシも後で写真撮るもん」


 私も撮るもん、と真似してあげる。


「けれどちょっと注意。勘違いしてる奴もいるみたい」


 別の方へとノノカの視線を辿ると、勝手に写真を撮っているような男の子達がいた。


「大丈夫よ、言葉は通じる」


「だといーけど。お、接客してくる」


 せっかくのお祭りだもの、楽しい気分は壊したくないわ──。


 ※


 ──と思ったのに、頑張れ私。


「……ですから、同行致しかねます」


 合いそうなところを案内したはずなのに、男の子達は引かない。

じゃあライーンって、じゃあって何なの。


「申し訳ありませんが」


 んー……これはあれね、面倒なお誘いというやつね。

どうしよっかなー……──。


「──はーい、お兄さん達そろそろ席空けてくんね? 今満席でさー」


 リョウ君?


 後ろから私の肩をぐいっ、と引き寄せてきたのでびっくりした。

真後ろ上なので顔が見えない。


「始まったばっかだしさ、また来てよ。な?」


 すると男の子達は上下左右に目配せして、すぐにそそくさと行ってしまった。


「ありがとございましたー」


「あ、ありがとうございました……」


 ぱ、と離れた男子は振り向く。


「凄い、速やか」


「すみやかって……明らか狙われてたじゃんよ。注意くらいするわぃ」


 狙われ?


「隙があったのかしら」


「じゃなくて、可愛い自覚を持て」


「かっ!?」


 思わず大声を出してしまって、一気に教室中が、しん、としてしまった。

計らずもここは教室のど真ん中。


「……ちょっと何炊いてんのー」


 ノノカのつっこみに辺りから一斉の視線、そして冷やかす声が聞こえてきた。


「す、すんません……っ、ぬぁぁ恥ずいっ」


「しっ、失礼しましたっ、むぅぅ恥ずかしっ」


 それぞれわかれるように反対の方に歩いていって、まだ火照りが収まらない私はノノカの腕にしがみついて隠れた。

トレーで扇いでくれてありがとう。


「やっちゃった」


「クサカはよくやった。あれが適当でしょ」


「え?」


 私には見えてなかったのだけれど、男子はそれはそれは冷静に愛想笑いをしていたのだとか。

けれどその目が冷たいのなんの、とノノカは笑う。


「あいつ上手いよ。場の閉じ方、開き方。アタシもフォローしたけどさ」


 もしあの時私が余計こじらせていた場合、状況は最悪。

牽制付きの流れるような促しと、私を使った驚きからの和ませを男子は実行したのだ。


「……駄目ね、私」


 自分の事ばっかり。

するとノノカに軽く横頭突きされた。

側頭部ほんのり負傷。


「違うでしょ」


 ……あ。


「お礼、言ってないわ」


 そ、とノノカはまた笑う。


「っていうかさっきクサカが行かなかったらアタシが敵意むき出しで口出してた──」


「──その時は僕が行くから大丈夫。クラキさん、新しいお茶淹れてくれる?」


 お茶汲み係も案内の方に回ったようで、私達は慌ててカウンターの方へ向かう。


「別にアタシ一人でも対処出来るっつーの」


「敵意がまずおかしいでしょ? 場が濁るだけだよ?」


 む、と顔を赤くするノノカに、にっこり、と全部わかっているコセガワ君。

こっちもラブ米炊けそうね。


 さて、どうやらお客様も花が咲くところが見たいようだ。

つっくり、少しずつ蕾にお湯を注いで、注いで。


 はぁ、いい香り。

よし、私からも仕切り直しを。


「おかわりしたい方、案内が必要な方はどうぞお申しつけくださいませ」


 今のは多分、心から笑顔になれた気がするわ。

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