第383話 花茶(前編)
文化祭一日目──午前。
二日間行われる文化祭は結構な人が来る。
OBやOGはもちろん、来年この学校の生徒になろうっていう学生もだ。
そして野郎共の着替え場所がベランダって事で中庭を見下ろすと、まだ早い時間だってのに人がゴ──いっぱいいた。
「うわ、コセお前、胡散臭さが増す」
「似合ってるって意味?」
「そーとも言うー」
午前中の接客係の俺やコセガワはそれぞれ衣装を着ている。
俺は紺緑のチャイナ服でゆとりのある白いズボンを履いていて、コセガワは真っ黒で丈長のチャンパオっていう服らしい。
長袖が少し暑い。
他の奴らも形色々な衣装だ。
「クサカも立ち姿真っ直ぐだからよく見えるね」
「ふん?」
「ダンスやってたからかな。良い癖」
気にした事なかったけれど、良いなら良いや。
「──はーい野郎共ー、戻ってきていいよー」
教室で着替えていたノムラがカーテンを開けて顔を出した。
もちろん、ノムラもチャイナ服なわけで。
「……っ!! ……っ!!」
はい、コセガワが悶えにより言葉を失いました。
まぁ似合ってます、黒のノースリーブのロングチャイナ。
スリットがキレッキレ。
「何、どうしたのコウタローは」
「ほっとけ、いつもの発作だ。お客が三階まで来んのはもうちょっと後って予想だけど──」
──はい、今度は俺が言葉、失ったっぽい。
「わぁ、シンプルなのにかっこいいじゃない。いつもと違うからかしら」
シンプルに思ったままを口にする女子が少しはしゃいでいる。
そんな女子も赤いひざ丈のチャイナ服で、スリットで、短い半袖に金色の模様があって、頭に服と同じ色の花飾りが咲いている。
「ねぇ、ちょっと髪いじってもいい?」
と、前から、至近距離で横髪をいじられた。
「……はい。うん、耳にかけた方が──リョウ君?」
去年の文化祭では、化粧した方がいいんじゃねぇの、なんて口を叩いた。
制服じゃない女子の服なんて教えるほどしか見てないわけだけれど、なんつーか。
化粧、しない方がいいんじゃねぇの。
声が出てなくてよかった。
だって、誰にも見せたくない、とか思ったから。
「お前も……似合って、る」
「んふっ、ありがとう──顔真っ赤っか」
ぽそ、と耳打ちされて、俺は手で顔を隠して熱い息を長く吐いた。
教室内もすでに出来上がった内装で、いつもの教室ではなくなっている。
大道具が作った長椅子が一定間隔に並んでいて、天井からは花のくす玉が吊られている。
黒板にはお品書きと使用されている材料、協力してくれた店名など書かれていて、さっき出てきたベランダ側の着替え場所を隠しているパネルの前には、長いカウンターを設置してお菓子とお茶が並べられている。
うん、廊下からでも一見でカフェとわかる感じ。
そして透明のガラスのティーポットの何にはこれまた、花。
「まだ時間あるみたいだし、簡単決起会って事で一杯ずつお茶の試し飲みでもしよっかー?」
「いただきまーす」
シウちゃん早い早い。
っていうか、皆も興味津々か、カウンターの前に集まった。
俺らが用意した飲み物は、工芸茶と言われる花茶だ。
蔀のようなそれをポットに淹れて、お湯をゆっくり注いでいく。
「おー……これは目ぇ惹くな」
蕾がゆっくり開かれていって、ピンクの花が出現した。
何種類かあるようで、ティーポットを並べておくだけで飾りっぽくなる。
「見ても綺麗だし飲んでも美味しいだなんて素敵過ぎだわ」
「シウ飲んだ事あんの?」
「これからよ?」
「美味しいって言ってるじゃーん」
「香りがもう美味しいじゃない。早く注いで注いで」
接客係の休憩用の小さな紙コップが皆に行き渡ったところで、お、ジャスミンのすんとする匂い。
「ノムラー、何か言っとけー」
「あー、そんじゃ、皆頑張った! 超良いカフェ出来たんじゃなーい?」
頑張ったー、出来たー、と皆がはしゃぐ。
「アタシもそう思ーう! たった二日間だけれど、めいっぱい楽しみましょーう!」
「いただきまーす」
そこは乾杯じゃないのか、と皆、いただきます。
あっつ! んでも香り強いのに味は飲みやすぅ。
ほっと一息って感じで休憩にぴったりだなこりゃ。
すると女子が、すす、と俺の隣にやってきて、斜め上に見てきた。
「楽しいの始まりね」
「んだな。頑張りまっしょい」
「しょい」
俺と女子は軽く、ぐーの手をこつん、と合わせた。
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