第382話 組み飴(後編)

 出し物内容収集係になった俺は学校中を歩いていたわけなんだけれど、どこもかしこも目移りして困った。

準備が楽しそうで何やってんのかなって。


「次は一年四組かー」


 って事で、下の階から攻めていく事にした俺と、もう一人。


「発表聞いてたけれど、今年はこのクラスが執事喫茶なんだってー」


 カシワギさんだ。

シウちゃん以外の女の子と肩並べて歩くのってそうないので、背ぇちっさ、って改めて思う。


「へー、去年と一昨年は二年か三年だったべ?」


「そうそう。一年生ってまだごつい子多くないし、また違って可愛いだろうなー」


「可愛いって……わからんでもない」


 まだ制服が大きいような一年は多い。

そういう俺も今より小さかった──幼かった。


 一年四組の扉をノックする。


「失礼しまーす。三年三組のもんですが出し物について教えてくださいなー」


 と、目に飛び込んできたのは黒と白と灰と紫の色だった。

そしてテンションが上がったカシワギさんがぎらぎらして、ぎょっ、とした。


「めっちゃいいじゃん! ゴシック系の執事? あっ、眼帯するの? かっこいい! タイも気合い入ってる! 凄い! 推す!」


 いつもはおどおどしたようで後ろにいるタイプなのに、豹変とはこの事かっ。


 えーと聞く事は、催し内容とテーマ、料理とか小物とか売りもんの内容。


「ここも喫茶店形式だよな、何出すの?」


 三年の俺に恐縮しているのと、テンションぶち上げのカシワギさんに引いてるのとで、えと、その、と言葉が出てこないでいる一年四組の子達にちょっと申し訳なくなった。

床に座って作業しているので俺も、よっこいしょ、と座る。


「俺らのクラスも喫茶店でさ、一緒だなー」


 まずはこっちが何をやっているか、それを知ってもらってからだ。

それとなく話していると、警戒が解かれたか色々教えてくれた。

手探り状態で何もわからないのと、これでいいかの不安。

俺らも当時そうだった。

先生は投げたままでそう口出しせず、生徒だけでやらせるってのがこの学校のやり方。


「んー……このクラス、空気いいけどな」


 喋り声も笑い声も、誰一人さぼってる奴なんかいない、一所懸命だ。


「楽しそーだ」


 にっ、と笑ってみせると、一年生らは釣られて笑ってくれた。


 こういうのって、こうでいいと思うんだ。

それから、あれこれ、と丁寧に教えてもらって、収集完了。


「んじゃありがとなー。カシワギさーん、行くべー」


「あ、はーい! 見せてくれてありがとう! 針落とさないように気を付けてねっ」


 そう言って教室を後にした、のだけれど。


「今度は質問聞いた?」


「…………聞いてないね?」


 またかっ、前のクラスでもさっきみてぇな暴走で忘れちゃってさぁっ。


「そんな服とか好きなら衣装係すりゃよかったのに。今回はどうしたよ」


「辞退したの。皆、部活と似たようなの選んでたけれど、他の事やってみたかったんだ」


 カシワギさんは服のデザイン部だ。

裁縫はお手の物ってのは去年でわかっている。


「っていうのは詭弁で、部活の製作に時間使いたかったりして……へへっ、内緒ね」


 人差し指を口に立てる彼女がちょっとわかった。

クラスのも最後だけれど、部活でも最後だ。

通常の授業もあって文化祭に向けての準備もあって受験勉強もある。

習い事をしてるのならそれもプラスだ。


 高校生って、忙しい。


 今も次も忙しくて──未来に忙しい。


「……うまーい事時間短縮して早く終わらすべ。とりま暴走しないよーに」


「わ、わかってるんだけどさぁ、好きなものの前ではそうなっちゃうのわかるでしょー? つい口に出しちゃうとかさっ」


「あー、出したわシウちゃんに──おっとぉ」


 すでに遅かった。

斜め下からテンションがぶち上がったカシワギさんのぎらぎらした目に捕まった。


「なになになになにっ? クラキちゃんに何言ったの何言ったのーっ?」


 ちょ、腕取らないでっ、ふくよかばヴァストががが腕にににっ!


「と、ととととりあえず離れてぇっ」


「あ、ごめんごめん。また暴走しちゃった。恋バナは服作りと同じくらい好きでさ。そんで好きな二人の事だからより興味津々しちゃった」


 たはー、と謝るカシワギさんはまだ少しぎらぎらしている。

ヴァストは気づいてないようで。


 廊下には教室から飛び出て作業する人達がわらわらいて、三百六十度全方位、賑やかだ。


「まだちょっと、内緒」


 さっきのお返しで、俺も人差し指を口に立てる。


 まだ俺達は途中で、俺の始まりでしかない。

これから、終わってからまた始まりが重なる。


 今はまだそうやって形になる途中だから。


「良い事なんだ」


「へ?」


 むふふ、とカシワギさんが笑う。


「気づいてないの? 顔、にやけてるよ」


 そう言うので俺は両手で顔を隠して小さく、全部内緒にしといて、とまた頼むのだった。

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