第378話 どうぶつクッキー(後編)

 やっと聞けた。

言ってくれた。

つい、ふと──さくっと、お菓子の間に言っただけなのに、ちゃんと女子は考えてくれていた。

気まずかったけれど、どうする? の四文字に勇気が出なくて、何でもないように不確かないつも通りの感じの中で、女子は勇気を出してくれた。


 待ってるなんてどの口が言ってるんだろ、と頭を掻く。

なのに嬉しくてにやけそうな顔を隠すために、頭を掻くフリをして俯いている。


 ……ほんと俺ってば、臆病者。


 ほんとは、ごめんちょっと思っただけ、とか、ごめん完全に思いつき、とか、ごめん受験とかあんのに、とか言いたかったけれど、ごめんって言いたくなくて、ごめんって思ったりした。


 だってそうしたいって思ったんだ。

色々飛ばしてんのは自分でもわかってるし……ぬぅん! 今は文化祭! それから女子のを聞いて、それから勉強して、勉強の前に……ぬぅん、ぐるぐるすんのは後!


 俺がぬぅんぬぅんしている間にも文化祭の話し合いは進んでいて、黒板には案が次々書かれていっていた。


「はーい、結構案も出てきたから絞っていくよー」


 この学校はほぼ生徒任せだけれど、出来る範囲、やれる範囲というのはもちろんある。


「そうね。マッチョはいないから無し」


 女子が勝手にマッチョ喫茶に線引いて削除したっ。

まぁそうなんですけれどねっ。


「今年も執事アンドメイド喫茶はあるみたいだからこれも無し。これも現実的ではないし無しね」


 どんどん削除されていく案を見ながら俺は、ばりぼり、どうぶつクッキーを食べていく。


 あ、やべ、残しとかないと無視されるっ。


「あーそうそう、去年は劇だったから演劇部の衣装借りてリメイクとかしたけどー、文化祭用の他の衣装は各クラス早い者勝ちなんだよねー」


 各クラスに文化祭費は出るものの、衣装などは学校が保管しているものをリメイクするのが代々のやり方で、全部作るとなると到底足りない。

そうなるとやりたいものに近い衣装を早めにとっておきたい、というわけだ。

すでにノムラは生徒議会の連絡用ライーンを開いて打ち込む用意をしている。


「コスプレ的な案が多めだったし、そこは残そっか。いーいー?」


 いーよー、とほんとに俺のクラスは話が早くていいのぅ。

もちろん俺も、いーよー。


「次ー、テーブルなしの広めの椅子な甘味処案が好感触なんだけれど、決まりでいーかーい?」


 いーよー。


「はい、次コンセプト決めるよー。ヨーロッパー、和風ー、中華ー」


 ざっくりと分けた三案に絞られて、多数決開始──の前に、女子が更にの案を発表した。


「ヨーロッパ風だと中世の庶民の衣装かしら、お菓子は……薄ーいクッキー生地にクリーム挟んだやつとか紅茶と合わせて美味しいわ。和風だと浴衣か袴? お菓子はお団子かお饅頭がベターかしら、緑茶かお抹茶でほっと一息って感じがいいわね。中華だとチャイナやチャンパオ、お菓子は──」


「──ただいまー。僕、チャイナに一票!」


「お疲れー、理由はー?」


 生徒議会室からコセガワが戻ってきた。


「去年、中華風なとこはなかったし、保管室で衣装見かけたんだけれど状態もいいんだよねー。あと何よりスリットが大好きです!」


 わかる、わかるけれど反応はしてやらねぇぞ。


 と、女子と目が合った。


 う……視線が痛いっ、けれど似合うと思います! 見たいです!


「はいはい、恨みっこなしの多数決取るよー! 手ぇ挙げてねー、いっくよー」


 うーん……洒落てんのと粋なのと格好いいのと、うーん……自分も着てみたいっつーなら、これかな……。


「──はーい、決まった! そったら各係を決めていくよー! あ、衣装連絡するー」


 票はいい感じに割れたけれど、決まった瞬間、はーい、と元気の良い返事がすぐにそろった。


 結局どれでも楽しいんだよな、このクラスなら。


 係は大道具、小道具、衣装、接客兼簡易調理、注文管理──。


「──クラキ、味見係しまーす」


「それは皆でしまーす。消してー」


 シウちゃん、はしゃいでんねぇ。


「あと補足とかあるー? 今までの文化祭の経験から、こんなのあったらよかったなーとかってやつー」


 んー……あ。


 はい、と手を挙げて俺は言う。


「パンフあっけどさ、迷子っぽい人結構いるなって印象」


 道の迷子じゃなくて、どこを見たらいいのかわからない迷子。


「確かに。時間の関係で少ししか回れない人もいるし、好みなところを教えてあげれたらいいわよね」


 それそれ。


「ふんふん……んじゃ、追加で全クラス全部活の企画を調べて、お客とのお喋りがてらお勧め的案内をする、ってのはどうよ」


 いーよー、って事で黒板に、企画情報収集、が追加された。

大変そうだけれど面白そうだ。


 その後、着々と係が決まっていった。

お客に出すのはお茶とお菓子とお喋り。


 コセガワと交代した女子が席に戻ってきた。


「お菓子は何かなー、ふんふーん。クッキー残してる? ないと無視する」


「ちゃんとありますよ食いしん坊め」


 むっ、とした女子だけれどまた音外れの鼻歌が聞こえた。


 俺達のクラスの出し物は、に決まった。


 ……スリット楽しみだなー、ふんふーん。

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