第379話 塩ライチジューズ(前編)
実習棟の三階の隅っこの天文部の部室には、天文部部員である後輩達がすでに集まっている。
そして見慣れない女の子達が数人、座っていた。
どうやら俺が最後のようだ。
「ま、待たせた?」
一斉に視線を浴びたため少しどもった。
「いいえー、あたしらもさっき来たばっかなんで!」
そう元気に返事してくれたのは──。
「──あっ、ムギ後輩か!」
髪型がいつもの二つ結びじゃなくて、頭のてっぺんに大きなお団子結びだったから気づかなかった。
「そんじゃ改めて、どうもスイーツ部でーす。今回、天文部と合同企画の担当になったんで話を詰めに来ましたー」
拍手をする皆に倣って俺も、ぱちぱち。
適当に空いた椅子に腰掛けると、差し入れです、とスイーツ部の多分一年生が紙コップに何か淹れてくれた。
何だべ、やや白っぽい……やや甘いけれどすっきり? 冷た美味いー、まだ熱くて喉乾いてたからありがたやー。
さて本題だ。
「天文部部長のクサカです。よろしくお願いしやっす。えー……内容把握からやろか」
今回の文化祭、天文部はスイーツ部とのコラボ企画となった。
断られるかなと思ったけれど意外にすんなりと受けてくれたのは、スイーツ部は人数が半端なく多いからだという。
他の部とも合同企画があるらしく、部員は各担当に分散しているとか何とか。
そうして来てくれたのはムギ後輩を含めたスイーツ部数名、全員後輩の女の子達だ。
「わかりましたー。えー、天文部コラボのスイーツリーダー、タナカです。こちらこそよろしくお願いしまーす。早速ですが、天文部さんが提案する星の形、星座ですかね? そのモチーフのお菓子を作りたいという事まで聞いています。ここまでスイーツ部は了承しているので、ここから先の話をしたいと思うのですが……って、あたしが話を進めていいですかね?」
どーぞ、と手で示してお任せする。
「んじゃ続けますね。まず天文部さんの部室でお菓子を販売する許可は下りません。実習棟での食物販売は一階のみと決まってますんで、この販売形態から決めた方が良さそうです。なのであたしら担当係からは手売り販売を提案します」
スイーツ部に設けられた場所での販売も状況的に厳しいらしく、そうなると場所がない。
「どうやって?」
「バスケットなどの籠に入れて、学校中を徒歩ですね。これなら場所の確保も入りませんし。さらにいうと目立ってなんぼになるので、コスプレでもします?」
おっと、こっちでも? と思ったら後輩達のクラスの企画にはそういうのがないらしくノリ気だ。
しかし部の予算を考えるとそう凝ったものは出来そうにない。
「天文部さんの予算的に腰巻エプロンくらいなら余裕で作れますね。はーいそこの野郎共嫌がらなーい」
ミヤビちゃんら数名が顔を背けて、俺もジュースを飲んで誤魔化す。
「まぁそこらへんは任せます。販売方法について、反対や他の案があればお願いしまーす」
しかしなかなかどうしてムギ後輩の進行が上手い。
もちろん、今の意見に反対もなかった。
「では次に移ります。メインのお菓子ですが、スイーツ部からはクッキーを提案します。ハニーバターの素朴な味で形は四角形、安易ですが天文部イコールで星型がわかりやすいですし可愛いかと考えます」
美味しければ形は別に──なんて言ったらシウちゃんがむすくれそう、っていうか女の子はそういうの好きだしなー。
イベントだし遊び心は大事、うむ。
そしてムギ後輩は、こんな感じ、とホワイトボードにイメージを描いてくれた。
四角が二枚、小さな星型が三枚の計五枚入り、ラッピングは透明の袋を巾着のように細い紐でリボン結び。
「良い感じじゃね?」
俺がそう言うと後輩達も反対無しで頷いている。
「よかったです! そして天文部さんとの企画なので一緒にお菓子作りもしたいと考えています。こっちの四角のクッキーに模様を入れる予定です。針金で型を作って、焼き印、アイシングでお絵かきなどですね。これらはあたし達も手伝いますが、天文部さん達でやってもらおうかと」
よく考えてんなー、と感心する。
「んなら模様はこっちで考える──」
──と言った瞬間、後輩達から案が出る出る。
「ふむふむ、十二星座記号に惑星記号。味があって良さげですねー」
アイシングで星の在り方を描いてもいいし、とスイーツ部の皆さんも沸いている。
そして俺もちょっとだけ、沸いた。
一昨年は何もしなくて、去年はプラネタリウムだった。
今年はまだ食べていないけれど美味いもんで、しかもこんなに多くの部員で出来る。
これで、俺の天文部の活動は終わりになる。
きっとこの声は賑やかな音で聞こえない。
遠くの遠くの小さな小さな星が一瞬光ったみたいなもんで、気づかれなくても、そこにあるみたいな、そんな天文部三年ただ一人の俺の、音。
「──ははっ、いい最後だなぁ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます