第367話 バナナナッツハニートースト(前編)

 いつもと違うベッドのふんわり具合に目を覚ましたのは、どうやらいつもより少し早い朝のようだった。

眼鏡はたしかこの辺に、と枕元の端を手探って、もぞ、もぞ。


 ……なんか狭いような、感じ──。


「──おはよう、とってもいい朝ね、うふっ」


 ひゅっ、と血の気が下がる音がして、瞬間叫ぼうとした口が、ばしっ、と叩かれるように塞がれた。

いつもと違う口調に語尾にハートマーフが飛ぶカワイコぶったそいつに改めて眼鏡を掛け直して見る。


 ……ふぉおお、シウちゃんがノムラになったぁあああ──じゃなくて! え、なんで、ん!? 夢じゃない、痛かった!


 ぶはっ、と苦しさから逃れて首と上半身だけを左に向けてみると、そこには昨夜と変わらず少し丸まって眠る女子がいた。

薄く薄く息が聞こえる。


「──しーっ、まだ寝させとこ」


「うん………………ふざけんなコセガワ何でお前がそっち側に寝てんだよ」


 空いてたんでー、と頬杖をついて横になるコセガワが女子の向こう側に見えて、こっちはこっちでノムラが狭い端っこに無理やり同じようによこになってきて、挟まれた俺、動けない。


 右からノムラ、俺、シウちゃん、コセガワの順でベッドに寝ているこの状況は、朝っぱらからどういうあれですかぁ?


「楽しかった?」


「へ? あ、うん、まぁ……」


「人? 狼?」


 何この人狼ゲームぅ。


「ひ、人」


「ほんとに?」


 朝っぱらからこれはきつい。

だって俺は本当に、人として、狼になりかけたけれど戻って──シウちゃんの前ではでいたんだ。

楽しかったし、まだ続けたかった夜だった。

いつの間にか眠ってしまったし、格好ついたかっていうとついてなくて、ただなんか……凄い夜だった。

凄く自然に、言えた夜だった。


 ──愛してるから、止まってよかった。


 眼鏡の下に指を潜らせて軽く擦る。


 しっかしこの二人はよぉ! 余韻とかそういうものを味わわせてくんねぇよなーっ! なんかもうちょい後! これじゃせっかくのシウちゃんの寝顔も眺めらんねーっ! くそーっ!


「はー……ほんとに。一晩中喋ってたんだ。時間見てなかったからわかんねぇけど、結構遅くまで」


「ふーん、そっか」


「つかお前ら早くね?」


「超健康優良児が身に着いちゃって」


 コセガワが言うと若干むかつくのはどうしてだろうかっ。


「まぁそれもあるんだけどさ、夜にクサカ達散歩に行ったでしょ? 僕達もしたいねってなって、さっきまで散歩してきたの」


 塩を帯びた澄んだ空気が自分達の町とは違って気持ちよかったようで。

靴がちゃんとしてたら十キロくらいジョグしたかったー、と言うノムラはどうかと思うけれど、よほど良かったらしくそのすっぴん顔は無意識にほころんでいる。


「それで朝ご飯の支度と思って聞きに来たんだよねー。パンで平気?」


「平気平気。何でも食う」


「じゃあコウタロー、あれしよ、あれ!」


 あれとは。

俺らを挟んで、ああ、とか、久しぶりだねー、とか話す二人を俺は右に左と首が忙しい。


 すると女子が、もぞ、と動いた。


「…………いとうるさし」


 何故に古文か、を置いてからふいてしまった。

寝起きの女子はこんな風になるのかと新発見だ。

そして、ごろ、とコセガワの方へ寝返りしてしまった。


 あ。


「…………まだ眠い……」


 あ。


「あららら」


 コセガワの胸元で丸くなる女子はまた眠りに落ちてしまったようだ。


 えー……こっちに来なさいよシウちゃんってばぁ。


「おー、妹いたらこんな感じかな?」


「あ、ぽいぽい! 修旅の時はカシワギちゃんが抱き枕にされて大変そうだったけど!」


 コセガワは呑気に笑ってるし、ノムラも気にした感じではなくて俺は戸惑う。


 …………やっぱなんか、ヤなので。


「朝飯、頼んでいい? 片付けは俺らでやるからさ」


「はいはい、返しますよっと」


 俺の独占欲をわかってかコセガワは女子の方を軽く押して、上手い事俺の方に寝返りさせた。


「出来たら叫ぶから頑張って起こしなさいよ。じゃあ後でねー」


 にやにや、とする二人に気恥ずかしさを感じながらも閉じられた扉を確認した後、俺は、はーっ、と息をついて女子の方に横向きに寝直した。

女子の無防備な寝顔がすぐ近くにあって、軽く抱きしめてみて、やっぱり俺よりも小さな女の子だってまた思った。

薄い息遣いが何でか嬉しい。


 なんか、安心ってこういうのなのかな、と俺は思った。


 ふぁあ……あくび出ちった……確かにまだ眠ぃや……。

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