第349話 アッサムティー(前編)

 すでに黒板には先にスタートした組みだった奴らの名前が書かれている。

右から綺麗に並べて書いてしまうのは最初の組みが一番右に書いたからだろうか、しかし俺の前の組みの二人がそれを崩していた。

コセガワとノムラだ。

しゃがみながら書いたのか、下の方に横文字で、野村乃々果、とあって、小世川幸太朗、も同じように横文字だ。

ついでに加藤隆之介、字ぃ上手い、さすが書道部か。


「じゃあ私はピンクのチョークで書こうかな」


 書かれている名前は全部白のチョークだけれど、色指定はなかったので俺も白以外を選ぶ。


「じゃあ俺は青のチョークで」


 教卓にランタンを置いて、空いている黒板の左側に立つ。

日下椋の名前の左隣に久良木志羽の名前が並ぶ。

やっぱり字ぃ上手いぃ。

けれどその下に目が流れた。


「……参上?」


「こういう落書きしてみたかったの」


 どこの悪い子だ。

手を叩いてチョークの粉を落として、机の方へと向く。

横に六列、縦の五席、計三十の机が並んでいる。

この中からアイテムとやらを入手しなければならない。


「俺は窓側からな」


「私は廊下側からね」


 分担作業が早いと思う。

しかし人の机を探るのは少々抵抗を感じるな、と思った。

休み中は原則、全ての物を持ち帰る事になっているため、ない、と思いたい。

よかった、空だ──いや、ハズレか。

おそらく大きな物ではないと考える。

手のひらサイズと見ていいかもしれない。

まだゴールまでの十三組まで距離はあるし、なんにせよ机に入る大きさだ。

すると女子が椅子を戻しながら言った。


「リドル部の目的は何かしらね」


「何だべなー。普段やってっ事も謎だけど、肝試し企画は今のとこいいんじゃね?」


 肝が冷え冷え、か細く小さい俺。

シウちゃんも据わっているとはいえ、少しは冷えているだろう、多分。


「その肝試しよ」


 突然の真面目な声に俺はしゃがんだまま女子を見つめてしまった。


「──


 橙と闇の色、幾つものランタンの灯りと陰りのせいか、女子の影が、ゆらり、と動いたように見えて、ぞく、としたものを感じた。


「……なぁんちゃって」


 にま、と笑う女子に俺は心の底からほっとする。


「ただの仮説よ。深読みというか、想像すると面白いじゃない」


 面白い、イコール、もっと怖さを、になってしまうのだけれど女子はそれをわかって言っている。

今のタイミングが俺をびびらせたいだけのいたずらっ子のそれだ。

それよりもアイテム探しをしよう。

次へ次へと机を移動する。

女子はお構いなしに、ぐっ、と、がっ、と手を入れていた。

女子にも言った──俺はずっと、寒い。

風邪でもひいたのかというくらい、寒い。


 ……気のせいったら気のせい。

考えるから駄目なんだってー。


 バレないように深呼吸。


 俺は小学校の時にもこんな風に寒くなった事がある。

時期も今のように暑い夏で……何だっけ、確か家族で出かけてて、ヨリがどっかでキレーな石を拾って──そうだ、それからずっとその石を通した髪ゴムでポニーテールにしてるんだったわ。

飽きも失くしもせずに大事にしてんよなー……って、何思い出してんだ。


 それから次の机もその次の机もハズレで、女子は、休憩ー、と教卓の前の席に座った。


「同じ位置でも違うわね」


 計ってか計らずか、クラスでの席の位置と同じ位置だ。


「低い?」


「んー、座り心地かしら」


 座ってみて、と言うので俺もちょうど自分の席の位置まで来たので座ってみる。

確かに何か、という感じがする。

この席はもうこの席の誰かに馴染んでいるんだろう。


「って、こうしちゃいらんねぇんじゃねぇの。次の組み、来るべ」


 そして机に手を入れた時、何か当たった。


「お?」


 かさ、と手のひらサイズの袋っぽい感触に、やっとアタリか、と引き出そうとしたその時だった。


「ん? なん、かっ!?」


 俺は瞬間、手を引き抜いて勢いのまま立ち上がってその席から離れた。

一番後ろの席でよかった、後ろに席があったら大きな音を立てて倒れていたと思う。

こちらに来ようとしていた女子も止まって、驚いた顔で俺を見ていた。


「いっ、いいいい今っ、なんか、手、手っ!」


「お手手がどうしたの?」


「そのおてて手手がっ、俺のお手手ててをつつつ掴んだっ!」


 俺の手の甲から、こう! と慌てながら再現してみせるけれど、女子は訝し気に眉を顰めるだけで、ひょい、と机の中を覗き込んだ。


「さっきの仕返し?」


「マジだって!」


 多分俺よりちっちゃい手、そんんでちょっぴりぬくかった! …………ん? ぬくい?


「残念ながらアイテムしかないわ」


 体を元に戻した女子の手には、小さく透明な袋が握られていた。

三角の絵はお茶のパックだったようで、透明の袋から見えている。


「……マジで握られたんだってぇ」


「はいはい、お手手繋いであげるから行くわよ」


 女子は手を差し出したまま待ってくれる。

俺は、そ、と繋いで、少しだけ熱い手に安心したのだった。

情けないの上等。

助けてシウちゃん、俺怖い。

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