第348話 氷砂糖(後編)

 一年一組の廊下では警告と忠告をされた。

二組の後ろの扉からカラスちゃんに驚かされた。

それから進んだ三組の廊下で、私達はまた驚かされた。


「わーい!!」


 教室と廊下を隔てる窓はすりガラスなのだけれど、ぺたり、と音もなく手形が現れたのだ。

その数──両手の数から五人以上の手は、肌色染みた影色で大小それぞれ。

男子は気づいた瞬間固まったのだけれど、窓という壁があるなら大丈夫ね、と私は若干早歩きで男子を引っ張った。

四組の前の廊下ではそのすりガラスの窓が開いて、ひんやり、と、おそらくドライアイスの煙が、もわもわ、と私達を襲った。


「冷たいっ!」


 これが真昼だったらさぞ涼しいのでしょうけれど、今は寒くて仕方がなかった。

と言っても、夏の締め切った校内の夜なので暑いには変わりない。


「今のところテンプレね」


「あとは足音か?」


 去年の合宿を思い出す。

男子と二人で屋上に向かう途中、男子がふざけて、足音が一つ多い、とか言い出して──。


「──……一つ増えた?」


「ひっかかるかーい」


「ううん、ほんとに」


 私が足を止めて、男子も足を止めた。

一つ、足音のような床が鳴る音が聞こえた。

続けて、二つ、三つ。

ここから四組と五組の間にある階段を上がらなければならないというのに、その階段から音がするなんて、と思ったら男子が私の後ろに隠れた。


「ちょっと?」


「れ、レディファースト」


 こんな格好悪いレディファーストがあってたまりますか、と仕方なく進もうとした時、足元に何か弾みながら転がってきた。

私は躊躇なく拾う。


「小さなボールね」


 どうやら足音と勘違いした正体はこれらしい。

布製の手毬で、花柄の模様が可愛らしい。

方向的に階段から落ちてきた、と思われて、見ようとした時、先に階段をランタンで照らして見ていた男子が叫んだ。


「寒いっ!!」


 まさかまたドライアイス? と思ったけれど違った。

階段の一番上、踊り場のところに誰かいるのだ。

いや、誰ではなくて──。


「──なんだ、テンプレのお人形じゃない」


 早く来なさいランタン係、と男子の手を引いて階段を上る。

踊り場まであと二段、というところで私達は止まる。

黒く長い髪は日本人形に良く見られる美しい艶で、洋服は西洋風の白いフリルのついたドレスを着ている。

ぱっちりと開かれている目はやや緑を帯びた青色だった。


「ぶ、不気味ぃ」


「失礼な男ね。こんなにお洒落してるのに。ねぇ?」


 私は人形の髪を撫でてボールを渡す。

渡す、と言っても、手前に差し出された両手に置いただけなのだけれど──待って、どうやってボールが落ちたのかしら。

丸くすっぽりとはまるように手は作られているのに。


「……一人で寂しかったのかしら」


 こんな暗がりで一人きり。

一人遊びが得意だった私でもここは寂しい。

すると男子が言った。


「今日は皆で遊んでんじゃん」


 怖がりのくせして、こういうとこ、ほんとずるいわ。


 先を行きましょう、と人形を真ん中に通り過ぎて二階へとまた上っていく。

けれどまた足が止まった。


 ──ありがと。


「…………今、喋った?」


「俺、じゃ、ない」


 ぞわぞわ、と鳥肌。

けれどこう言いましょう、と思ったら男子に先を越された。


「どどど、どういたしまし、てぇ!」


 震える声に笑ってしまった私は後ろ手に、またね、と手を振った。


 教室棟の二階、二年生の教室は五組の廊下から始まる。

四組か逆は立て看板で、罰印のバリケードがされてあった。

またここも面白いくらいに暗い。

スモークシールでも貼ったかのように空も地も見えない。

そしてまた机が、ぽつん、と置かれていた。

今度は何、と恐る恐る二人でメモを読んだ。


『教室にてミッション。黒板に二人の名前を書き、机の中にあるアイテムを入手せよ』


 リボン結びがしてある袋の中に三角のイラストが描かれてある。

おそらくこれがアイテムとやらだ。


「またアイテム……」


「そういえば瓶は?」


 ポケットに、とジャージの上から軽く叩く。

手は繋いでいるものの、フリーの手がないと何だか落ち着かなくてそうした。

じゃあ入りましょう、と私が先導で扉を開けたのだけれど──。


「──ノックはしましょうね?」


 すぐさま手を逆にして閉めた。

またあのリドル部の人が扉そばに立っていたのだ。

どっどっどっ、と心臓が煩い。


「……あの人、むかつくわ」


「それは本人に言ってやれ……いたらな」


 どうせいないんでしょ、と改めてノックして入ると、いなかった。

代わりに教室は置き型の小さなランタンが幾つか点いていて、幾分か明るい。


「……なーんか、いる?」


「え?」


 男子は私に腕を見せる。

ぽつぽつ、と鳥肌が浮き出ていた。


「……なるほど。確かに私達が来たっていうのは知らせておく必要があるわね」


 誰かいるなら、と私達は同時に言った。


「お、お邪魔しますっ」


「驚かせたら呪うわよ」


 残念ながら揃いませんでした。

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