第341話 干し梅(前編)
夏休みの二日目、俺達は学校に来ている。
「……休みに入った気がしねー」
ここは天文部の部室。
俺の他に二年、そして一年の後輩達が遊んでいる。
開け放たれた窓からは運動部の声と、また別の部活の生徒らの声が聞こえる。
放課後とあまり変わり映えしない昼の窓際で、俺は合宿に向けての書類を手にしていた。
「全員参加、と」
いつもやっていた春の合宿は雨のため中止だった。
夏休みとは違って金、土曜日の日程だし参加しやすいっちゃしやすい。
しかし夏の合宿は夏休みの最中などで、家の用事などで参加しない奴はちらほらいつものだけれど、今回も全員参加とは。
何はともあれ、盛況な天文部もまた一興だ。
しかも一年生達は初の合宿となる。
もちろん、こいつも。
「…………ミヤビちゃんよ」
「はい?」
「そろそろ暑くねぇかい?」
「最初から暑いですけど」
そうじゃなくてだな、と机に突っ伏しそうな俺はその重みに耐える。
ミヤビちゃんは座っている俺の後ろから、足がついたおんぶのようにずっとのしかかっているのだ。
昨日のあれ──モデルの企画からミヤビちゃんはすでに吹っ切れているようで、どうやら俺を好いてくれているのは本当らしく、このようにスキンシップが激しい。
「あのなー、皆いるんだから遠慮しろ?」
すると後輩達は、別に面白いからいいっすよー、とか、気にしないですよー、とか、カジ君そっちの方がいい感じなんでー、とか言った。
まぁ確かに良い感じ……なのか? 前は部室の端っこで一人ぼんやりしてるとことか見かけた事あるし。
良い変化……だといいんだけれど、いい加減重い! ヨリかお前はっ!
ぐん、と体を起こした俺は上を向いてミヤビちゃんを見る。
「一旦離れろぃ」
そう言うと、ちぇ、と素直? に返事をしたミヤビちゃんは、そそそ、と一年が集まる席へと行った。
聞き分けのいい犬みたいだ。
「──はい、合宿の話すっぞー」
そう切り出すと一年も二年も、はーい、と良い返事をした。
中止になった春の合宿と予定はなんら変わりはないのだけれど、色々注意点があるのでそれをつらっと言っておこう。
「今回、合宿する部がいくつか、日程が被ってますー。寝泊りするとこはちょっとごちゃつくけど部の面子で固まっておくようにー。あと男は女の子の部屋に近づくなよー」
連帯責任で罰プリント十枚、該当者は停学も有り得る。
文化祭の出店が停止になった部も前例としてある。
「どこの部と同じなんすか?」
「えーと写真部と──」
──レンとタカナシもか。
「生物部……生物部?」
まじか、コセガワ達何も言わねぇんだもんなぁ、言う必要ねぇけれど。
「お、珍し。リドル部もだってさ」
アオノが移った謎の部で、シロクロもいる部だ。
何の合宿をするんだか、何にせよアオノも天文部にいたわけだし賑やかになりそ。
「それと俺ら天文部と書道部──あ!? 書道部!?」
思わず大きな声を出してしまった。
言い切ってから口を手で塞いでももう遅い。
きょとん、とした後輩達の視線が俺に注がれていた。
その中で舌打ちをする後輩が一人、ミヤビちゃんがこう言った。
「リョウちゃん先輩の彼女が書道部です」
一度ミヤビちゃんに視線が行って、また俺に幾つもの視線が浴びせられた。
そして口々に、ひゅー、とかの囃し立てる声だとか、あのキレーな先輩だよねー、とか確かにそうですけれど、っていう声だとかで一気に騒がしくなった。
ぬぅぅぅん! っていうかシウちゃんから何も聞いてねぇんすけれど! 教えてくりゃ! 俺は言ったぞ! びびったわ! 嬉しいわ!
「──あ、そっか。リョウちゃん先輩の合宿って最後なんだ」
ミヤビちゃんの呟きに部室内が一気に、しん、としてしまった。
しんみりした空気が漂う。
そう、俺の最後の合宿になる。
長いようで短かった部活生活も終わりが近い。
他の部の三年生も同じだろう。
レンも、コセガワもノムラも、シウちゃんも。
けれどだからって特別にこうしたいとかいうのはない。
それにまだ引退の文化祭の準備にも入っていない。
やる事は──やれる事はまだある。
「……そーだよ、最後だ。だからってわけじゃねぇけれど、怪我も何事もないようになー。以上、あとは各自プリントで確認して、気になる事あったら部のグループライーンでな。そんじゃ俺は生物部に用があるからお先に。お疲れさーん」
学年次席のコセガワの受験対策の勉強方法やらを聞く約束をしているのだ。
バッグを持って部室を出ようとしたのだけれど、ここでもついてくるミヤビちゃんに俺は足を止めた。
「……あのなぁ──」
「──違いますよ。せっかくなんで一緒にって思っただけです。俺、生物部植物科に入部するんで。兼部っていうんですかね」
入部届の用紙をぺら、と見せられたのはすぐだった。
…………はいぃ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます