第335話 クリスタリゼ(前編)
写真部一年の
終業式が終わった昼の放課後、俺は生物部に来ていた。
部室にいるのはアマネ先輩──しまった、写真部では何故か名前で呼ぶのがルールなので、レン先輩、と言い直す。
それと生物部植物科のタチバナ先輩がいる。
無駄に背が高い二人の間に挟まれていると、そんなに低くないと思われる俺の身長がより低く見えて、なんか嫌だな、なんて少し思った。
明日、夏休み初日に花のモデルの企画がある。
俺は手伝いで参加なのだけれど、最終チェックに来ているわけだ。
三回目のここ、生物部だけれどまだ慣れない。
まず、何だこのもてなしは。
「ん、座れば?」
大きなテーブルにはカップのデザートらしきものが三つ置かれている。
「失礼、します」
「ソラちゃん緊張しぃだからなぁ」
「レン先輩、ちゃん付けはやめてくださいってば……」
レン先輩は一見怖そう、けれど結構気さくな人で俺はだいぶ慣れてきたと思う。
他の部員はまだ近づきにくいとか何とか言っている。
それより俺はタチバナ先輩の方がよくわからない。
「……何すか?」
ずっと目を見つめられているようで困った俺は聞いてみた。
「目が青くて不思議だなって思って」
「ああ、これカラコンです」
「そうなんだ。綺麗だな」
この発言の方が俺にとって不思議だ。
綺麗だとかそういうのって男の俺にも普通言うものなのか。
「は、はぁ……これ、食っていいんですか?」
「うん。物々交換でスイーツ部の先輩からのやつ」
何だ物々交換って。
聞くと、スイーツ部の人達にここの庭──畑に生えていた花やハーブやらをあげたら、こう返ってきたらしい。
「レアチーズケーキ?」
透明のカップの底には砕かれたクッキーのようなものが敷き詰められていて、俺はカップを掲げて下から見た。
「水切りヨーグルトで作ったとか言ってましたね」
つまり材料の一部を上げたらお裾分けしてくれた、みたいな事か。
ヨーグルトレアチーズの上には、砂糖漬けされた花やハーブが飾られていて、どうやら一緒に食べるらしい。
……こんな可愛らしい女っぽい食いもんなのに、男だけで食うのぉ?
「いただきます……」
ひと口──美味ぁ! 何だこれぇ! 普通に売ってるやつじゃねぇの? 花も味っつーか、匂いの方がメインって感じで、砂糖で閉じ込めてんのかな……甘いんだけれど、ヨーグルトの方がすっきりしてっからめっちゃ合うんだがぁ、これ好きだぁ。
「で、悪巧み班からの要望、タチバナちゃん的にどうなの?」
するとレン先輩が明日に向けての話をし始めた。
これまで滞りなく準備は進めてきて、あとは本番のみとなっている。
けれどこの悪巧みというやつは、俺もさっき初めて聞いたばかりだった。
「特に問題ないです。花をぶっ壊されるとかだったら大問題ですけれど、それもなさそうですし」
「まぁどっちかってーと、写りの方に出てくっかなーって感じだな。ソラちゃんはどう思う?」
「お、俺の意見いります?」
二人して注目してきた。
ちょいと迫力を感じるのは、多分俺が一年だからってのがあるからだ。
「いらないわけねーだろ。ちょうだーい」
うん、とタチバナ先輩も頷く。
手伝いの立場で、軽く話を聞いただけの悪巧みだ。
どういう人らかも全く知らないのに、口を出していいのやらどうやら。
俺と同じ一年のカジ、よく知らない。
三年のクラキ先輩、よく知らない。
悪巧みも──それに何の効果が? っていうくらいにしか知らない。
だからこう、あげる。
「……邪魔だったら、そもそも入れない」
俺みたいに。
タチバナ先輩が用意した企画書の紙には目を通した。
そこに書かれていたイメージとテーマが、喜怒哀楽だった。
誰もが持っている感情をどうやって引き出すかはそれぞれで、どんな形か色か匂いかもわからない。
けれど俺は期待する。
「先輩達は、相乗効果が出るんじゃ、とかって思ってるんですよね?」
レン先輩は舌なめずりから、にや、と笑った。
この人はそういう人、俺を試した。
「な? いい後輩だろ?」
「いいなー、俺も後輩欲しい」
ほらな、とまたひと口砂糖漬けの花びらと一緒に食べた俺は、ふーっ、と花から息を吐いて花の匂いを楽しむ。
「どうなるかわかんねーけどさ……どうにかしようとしてる奴には協力してぇじゃん」
例えそれが悪巧みという名前でも。
「まぁ俺はいい結果になってくれたらそれでいいっす。物と場所を貸すだけだし」
ここは良い場所だ。
自然の光がいっぱい入ってきて、あまり人がこない秘密基地みたいな──ちょっと遊ぶには絶好の場所だ。
俺はぽつりと呟く。
「……いい景色になるといいなぁ」
聞こえたレン先輩がまた、にやっ、と笑って、お前も撮ってみるか? と言ってくれた。
俺は人物を撮った事は少ないけれど、少しだけ興味があったり、なかったり、と少し考えた。
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