第336話 クリスタリゼ(後編)
ほぼほぼ撮影のための設置が住んだ夕方ごろ、悪巧みの主であるクラキ先輩が少し息を切らせながら生物部へとやってきた。
旧校舎までの階段は鬼レベルの長さなので気持ちはわかるけれど疲れすぎなのでは。
それと、クサカ先輩も後からやってきた。
こっちも部活だったと聞いている。
「はー、疲れた。お疲れ様です──あら、タカナシ君だけ?」
生物部には俺一人が残っていた。
レン先輩はタチバナ先輩と一緒に暗幕を借りに備品倉庫に行っている。
荷物もある事だし、誰もいないのはあれかと思って留守番を引き受けたのだ。
あと小休憩もしたかったところ、二人が来たのでものの十数分の休憩だった。
「こんにちは。昨日ぶりね」
「こんちはです」
「ちわ。今日もあっちぃなー」
そですね、と軽く会釈してまたテーブルに目を落とす。
するとクラキ先輩が隣に座ってきた。
クサカ先輩は汗を引かせるためか、窓が開いている窓際に椅子ごと移動して、早速携帯電話でゲームを始めている。
聴こえるBGMが結構好きな感じだ。
そして気になるのがもう一つ。
俺は横目にクラキ先輩を見た。
「……何でしょう?」
「これ、去年の私よ」
俺がテーブルで見ていたのは去年のモデルの企画の写真で、クラキ先輩が写っている。
赤黒い花に赤い口にセーラー服という取り合わせと、この人がこうなってたのか、と不思議な感覚だ。
「昨日は少ししか話せなかったからお話したいと思っていたの。してもいいかしら?」
大人な口調、というか、あまり聞かない口調で少し緊張が喉に走って、声にならないので頷いた。
「ふふっ、ありがと」
クラキ先輩は写真部の先輩と少し雰囲気が違う。
「どうかした?」
平然はこの人に効かないらしい。
「おー、一年いじめんなー」
「む、いじめてないもーん。よし、ちょっと移動しましょう」
そう言ったクラキ先輩はいそいそと椅子を動かし始めた。
撮影用の木の丸椅子──スツールは工作部が作ったやつだ。
設置したばかりの白い壁紙の前に一脚、その対面のカメラ側に一脚置かれ、俺がカメラ側に移動すると、違う、と言われた。
「私がこっちで、あなたはそっち」
今はカメラはないけれど、不思議な一だ。
対面に、真正面に見るクラキ先輩は姿勢正しく座る。
……この人、あんまり見ないような人なんだ。
なんつーか……キレーな人……。
「変わった景色?」
「え?」
「あなたは撮る側の方が多いと思って」
「そう、ですね。でも、人物はあんま撮らないんで」
撮られる側の景色は色んなものが見えた。
クラキ先輩の後ろにあるテーブル、飾られている花とか、冷蔵庫とか。
そうだ、と教える。
「冷蔵庫にお菓子あるんで食べてくださいって言ってました」
「わーい」
子供みたいに顔がほころんだので俺も釣られて顔がにやけてしまった。
それが聞こえたクサカ先輩はすぐに冷蔵庫から取り出して、クラキ先輩に一つ渡した。
「ありがと。食べながらでいい?」
「どうぞ」
花が乗ったヨーグルトレアチーズ。
ずぬー、と底のクッキーまで全部を大きくスプーンで掬って、これまた大きな口で食べるクラキ先輩の顔はまだほころんでいる。
キレーという感想がちょっと変わった。
悪巧みをするような人にも見えない。
「……明日、俺が居ていいんですか?」
カジの撮影の時、人を減らすと聞いた。
「タカナシ君は必要だわ──新しい人が必要なの」
新参者の俺。
「本当は怖いの。悪い事をするんだもの」
「ならどうして──」
「──どうしても変えたいの。去年の私がそうだったように。どうかしら、花の私は」
キレーだ。
制服なのに、ちょっと濃い化粧をしただけなのに、薔薇の色とか形とか、見慣れているものが少し変化しただけなのに。
「……
美しく
今まで俺が撮った景色のどれにも当てはまらない、新しいひとだ。
クラキ先輩は紫色の花びらを食べながら微笑む。
「ここは不思議な場所なの。私がたくさん変わった場所なの」
外見も中身も、関係も、と話している。
俺は全然知らないから、聞きたくなった。
きっと長い話だろう、きっと写真のように瞬間の響きがある話だろう。
するとクサカ先輩が食べ終えたカップを手にしたまま、俺の肩に手を置いた。
「楽しーか?」
変な質問、けれど多分、そうだと思う。
手が熱い。
「楽しいっていうのと、妙っていうのと」
変に、素直に答えてしまった。
するとクラキ先輩とクサカ先輩は二人して顔を見合わせてまた笑った。
「うふ、いっぱい褒められちゃった」
「ははっ、何よりじゃんか」
そういえば企画のテーマ、喜怒哀楽の内、クサカ先輩は、楽、だった。
そして付き合っている二人だと聞いている。
お似合いの二人ってこういう事言うんだろうかねぇ……変な二人同士って感じだけれど。
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