第334話 シェイク(後編)

 男子とこうやってる歩くのは結構好き。

いつもは学校ばっかりで、教室で椅子に座ってお喋り。

それも好きだけれど、お互い行きたいところに行けて、連れてってくれて、ついてきてくれる。

正直歩くのって疲れるしあんまり好きじゃない。

けれどなんか、なんかなのだけれど、好きになっていた。


 ジェラート屋さんは人気のシェイク目当てのお客さんがわらわらいて、私達も綺麗に並んでいる列に並ぶ。

あっという間に私達の後ろにも人が並んだ。

さすが放課後の時間、色んな制服の学生がいっぱいだ。

回転率を上げるためか細長いメニュー表が配られて、男子と一緒に覗き込む。


「どれにする?」


「うーん……」


「俺はこれ。バニラのクラッシュベリーとシリアル入りのホイップクリーム」


「早くない? こんなに種類あるのに」


「直感決め」


「直感……うーん……どれもこれもちょっとずつ飲みたい」


「ははっ、気持ちはわかるけれど二種類しか無理だなー」


 私と男子の分、二種類。

当然のように味を分けっこしてくれるのが嬉しい。

何だよ、と男子は私を見る。

そうやって見てくれるの、知っててくれるの、嬉しい。


 それじゃあ別の味のシェイクにしよ、と私は改めてメニュー表を見る。

別の色から選んだ方が早いかも──。


「──チョコレートのコーヒービーンズとクッキーにするわ」


 ドリンクカップの蓋が、ストローを挿しこむ穴が開いたチョコチップ入りの大きなクッキーになっている。


「第二直感でそれ選んでた」


「だと思った」


「嘘つけぇ」


「うん、嘘つきした」


 本当に私と反対側にいる人だ。

酷い嘘つきに酷い嘘つきを返してきた私にとって、こういう嘘はまだ新しい。


 優しい嘘って、こういう事をいうのかしら。


 ※


 シェイクは思ったよりもサイズが大きくて、いわゆる映える見た目で私も、るん、と弾んでしまう。

どの子も飲む前に何枚も写真を撮って忙しそう。


 ……ふむ。


「ねぇ、撮って」


「へ?」


 前にもこんな事があった。

男子は携帯電話でたまーに写真を撮る。

私はそういうのは得意じゃないので、こうする。

テーブル席なんかはないので、両手に大きなシェイクが二つ。


「はいはい……はい、撮っ──た」


 どれどれ、と画面を見ると、うん、良い感じ。

あとで送ってもらいましょう。


「ありがと。どこで飲みましょうか」


 立ち飲みでも通行人の邪魔にならないところがいい。

歩き飲みでもいいけれど、せっかくなのでもう少しここら辺にいて空気も味わいたい。


 それにもう少しクサカ君といたいし──と、振り返った時、誰かとぶつかってしまった。


「すみま、せん……」


「いえ、こっちこそ見てな、かった……」


 見た事がある制服の、女の子がいた。

中学の時、の、人だと、わかった。


「知り合い?」


 何も知らない男子が言う。

知っているけれど挨拶するような知り合いじゃない。


 ……ここは、私の頑張る時、かも。


 シェイクをひと口飲んだ私は、ごくん、と固唾も一緒に飲み込んだ。

美味し、よし。


「たまたま同じ中学でたまたま同じクラスだった人よ」


 ああああ私の馬鹿ぁ。


 すると男子が軽くチョップしてきた。

振り返ると察したような顔をして、それはよくない、と少し怒った風だ。

わかってる、今の言い方は自ら刺々しくした。

けれど彼女だって、私に刺々しかった。


「……ごめんなさい」


 素直に言えた気がする。

そして彼女は驚きながら、別に、と言った。


 小豆が沈んだ抹茶ミルクのシェイク。


「……ごめんなさいは、こっち」


 そう彼女が言って、今度は私が驚いた。


「中学の時、ごめん。この前も、ごめん」


 彼女は私を真っ直ぐ見ている。


「あたしら、めんどくさかったよね」


 うん、と頷くとまた男子に小突かれた。


「いいよ、わかってる。遅いかもしんないけど言いたかった。いつまで延長戦やってんだって情けなくなったから」


 今では自分がグループから外されてる、と彼女は言う。

多分前に一緒にいた子だと思う。


「それは別にいいんだ。っていうか、恥ずい事言うと、最初はあんたと友達になりたかっただけなんだ。信じなくてもいいけど」


 一人でも全然平気な私が羨ましかったとか、辛い事があっても自分を通していたところとか、と彼女は私を見ていてくれていた。


 私は、見ていなかった。

知らなかったし、知ろうとしなかった。


「許さなくていいよ。あたしも許してもらうとか思ってないし、自分を許さない。ごめん邪魔した。もう行く──」


「──待って」


 私は立ち去ろうとする彼女の腕を反射的に掴んでいた。

何て言ったら正解だろう、何て言ったら──。


「──シェイク、ひと口欲しい」


「……はぁ?」


 後ろで男子がふき出して笑った。

だって抹茶ミルクもいいなって思ったの。

二種類より三種類がいいの。

今からでも遅くないかなって、思ったの。


「クサカ君」


「はいよ」


 そして訂正する。


「たまたま同じ中学でたまたま同じクラスだった──これから友達になる子なの」


 彼女の驚いた顔が溶けていく。

そうだった、最初はこんな顔だった。


「よろしくー。名前は?」


 男子は改めて彼女に話しかけて、そして気づいた。


「……そういえば何て名前だったかしら?」


「はぁ!? あーもう、クラキのそういうとこがむかつくんだよっ! もーっ!」


 それは心からごめんなさい、と私はシェイクを飲むのだった。

ずぬぬ、あら、ほろ苦いから甘い味だわ。

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