第323話 ハーブクッキー(前編)
こんにちは、チョウノチグサです。
去年作った押し花の
ここは生物部植物科の部室──本校舎から少し離れた小さな森の高台にある旧校舎の一階の端の教室。
本校舎の教室と同じくらいの広さの中は、生物部の先輩であるノノちゃん先輩とコウさん先輩、そしてタチバナ君の好き勝手にされていて、他の部活動にはないであろう物で溢れている。
例えば冷蔵庫とか食器棚とかだ。
そして私は部室の真ん中に設置されている八人掛けくらいの巨大テーブルに着いていた。
テスト真ん中日の今日、明日のテスト勉強中だ。
目の前には同じ植物科で同じクラスのタチバナ君が座っている。
氷を食べているのかさっきから、がりごり、と音がする。
私も真似しよ、と氷を頬張った。
ちょっと大きかったか、少し溶かしてから噛もう。
団扇で扇ぎながら頬杖をついて、タチバナ君を眺める。
「──何見てんの」
すぐバレた。
いつも隣からこっそり横顔をちら見したりするので正面って何だか新鮮。
がり、と氷を半分に割って、ううん、と首を振る。
「ふっ、何?」
タチバナ君はあまり表情が変わる男の子じゃなかったけれど、今はそんな事なくなっている。
小さく、たまーに変わるのを私は知っている。
今みたいに、ちょっとだけ。
またノノちゃん先輩作のテスト対策プリントに目を落とすタチバナ君だけれど口は笑った形のままだ。
今でもたまに思うの。
この人、私の彼氏なんだよね、って。
「……不思議」
「ん?」
声に出ちゃってたみたいで焦った。
学校での噂を耳にした事がある。
本人は聞こえていないか全く気にしていないのかどっちかだけれど──モテるんだよねぇ。
「集中切れた。ハーブクッキー食う人ー」
婆ちゃんの手作り、とタチバナ君が言うので、食いますっ、と慌てて手を上げる。
タチバナ君は背がでっかい。
だからってわけじゃないけれど、目立つ。
良い意味で。
「何その顔」
真似されて細目で見返されてしまった。
手には冷蔵庫に入れていたのか、お皿にハーブクッキーがずらりと並んでいる。
こんがり、といい焼き色のこれは……ローズマリーだろうか。
細長い緑が、ちらほら、と良い香りを足していた。
するとタチバナ君は元の正面ではなく、隣に座ってきた。
「ん?」
「こっちのが近いから」
……んんっ!
「何?」
んんんっ!
左側に私、右側にタチバナ君が並ぶ。
半分くらい解いたプリントをどけて、クッキーに手を伸ばす。
「い、いただきます」
ざくっ、と噛み応えがある分厚めの食感。
んー、美味しー……。
「テストどう?」
「今回も割りといいかな。タチバナ君は?」
「平均点は固い」
いえい、ともうピースサインの指を作る。
「補習で時間潰されたくないし──デザイン決まった?」
うっ、と呻く。
テスト明けにある生物部の合同企画、モデルの花の企画というもので、文化祭に向けての展示物の一つとして活動をするのだ。
前回、私はお手伝いの位置にいた。
今回は四人いるモデルの内の一人の花のデザインを任された。
あれから色々考えてはいるものの、なかなか難しくて、何より──。
「──一年生の人、まだ会ってないんじゃない?」
「うん」
「だからまだ決まり切れてなくて。ごめんね」
「なんでごめんね?」
「お、遅いから……」
するとタチバナ君は、ざくっ、とクッキーを齧ってこう言った。
「まだ時間あるから。大丈夫、ちぃならいいの作れるよ」
花だけじゃなくて人も見なきゃ出来ない事だし、とタチバナ君は言って、テーブルに置いていたノートを見せてきた。
勉強してるのかと思ったら、ノートのあちこちに小さなデザイン画が散らばっている。
花の落書きだ。
「俺もまだだもん」
それにしてもどれもこれも素敵。
花束の大きさ、広がり、色や種類もすぐに想像出来た。
「上手だなぁ……いいなぁ、楽しそう」
「ちぃは楽しい?」
「ちょっと、不安」
上手に出来なかったらどうしよう、私なんかが作っていいんだろうか、そんな事ばかり考えてしまう。
「挑戦って怖いよな」
「え?」
「でも、だからやりたい。もっと出来るって自分に教えたいし」
こういうとこ、タチバナ君の凄いとこだ。
かっこいいとこだ。
好きな、とこだ。
「……じ、実は、私もデザインがみたいなの、描いてみたの。見てくれる?」
するとタチバナ君は私の頭をぽんぽん、と撫でてくれて、にっ、と笑ってくれた。
多分、この顔は私だけに……とかだといいなぁ。
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