第322話 ティラミス(後編)
テスト二日目の午後三時の教室は、いつもの放課後と同じくらいクラスメイトがいない。
そんな中に、一人残るのが好きだったりするあたしは、教室の真ん中の自分の席でもくもくと勉強している。
といっても、教科書を眺めて、今までに解いたプリントを見直すくらいだ。
ふぅ、ひと休み。
下敷きで扇いで風を自分に当てる。
窓は開けているけれど風はあまり入ってこなくて、まだ残る夏の温度にやられる。
そんな中、教室の窓際、一番前の席を見た。
あたしの視界の左前の位置。
ひとりで居たいのに、こいつは一向に起きる気配がない。
「……いつまで寝てんだか」
ぼそっ、と呟いてみせる。
机に伏せた白いシャツの背中は、クラスメイトが出て行った後からずっと変わっていない。
お昼ご飯のために一度教室を出たあたしが戻ってきた時も同じ形だった。
おやつターイム。
学校の近くのコンビニでお昼ご飯と一緒に買ってきたティラミス。
早速開けて、いただきます──と、食べた時、シャツの背中が起きた。
「……あ? 何時?」
ごくん。
「……三時ちょい過ぎ」
あたしの声に振り向いたのは、カジだ。
まだ寝ぼけているのか頭を掻いて、目を擦っている。
「あー……寝た」
カジはいつも寝ている。
隙あらばさっきみたいに、少しの時間でも机に伏している。
あたしを含め、クラスメイトはもう慣れていて、寝ちゃ駄目って時は起こして、起きている時は起きてるなって確認している。
「ハギオは何してんの?」
教室の前の端っこと、教室の真ん中の距離でお喋りが始まった。
「テス勉。の、休憩中」
「……腹減った」
ティラミスがロックオンされた模様。
まだ、あげる、なんて言っていないのに当然のようにこっちに来て、ちゃっかり前の席に座る。
「全部食べないでね」
「うん。いただきます」
素直でなんか気持ち悪い。
「まだ寝てんの?」
「四分の一くらい。これ美味い。全部食べていい?」
「駄目だっつったでしょ。まだひと口しか食べてないし」
スプーンは一つ。
けれどあたし達は間接キスなど気にしない。
次あたしの番、と返してもらう。
まだ眠そうに頬杖をついて目を瞑るカジと話すのは久しぶりだ。
クラスは一緒でもそういう機会もないし、席も離れているからだ。
何よりカジは寝てる事が多いし、あたしはよく一緒にいる女の子と喋る事が多い。
ま、自分から話しかける事なんてほとんどないんだけれど。
それでも少しずつ、昨日よりも多く、と頑張っている最中だ。
前とは違う──今、あたしは過去じゃなくて、ここにいるから。
「ちょうどよかった。ハギオと喋りたかったんだ」
「は?」
口を開けたままカジを見ると、真っ直ぐあたしを見ていた。
おそらく、絶対、クラキ先輩が教室に来た時の話だ。
気になってなかったわけじゃないけれど、あたしから聞く事でもないと思って待ってた──待ってたって言い方も変だけれど。
「……どーなったの?」
「んー……やっと俺を知ってもらえて、そんで……まだわかんない」
「そっか」
「そんだけ?」
「わかんないんでしょ。追加あるなら聞く。ん」
ティラミスをカジに渡す。
「……ちょっかいかけたら怒られて、びびらそうとしたけど失敗した。あと……はじめて、誰かと同じ話、出来たっぽい」
やっぱりカジはまだ頭が百パーセント起きていないようで、目があちこちに行っている。
しかし今の感じは、多分良いやつなのではないかと思った。
誰かは、クラキ先輩。
同じ話は、同じ想いの話──。
「──嬉しいの?」
そんな気がして、聞いた。
あと、ひと口がでか過ぎで残りのティラミスが気になった。
「……それとはちょっと違う、ような」
ティラミスがあっという間に減っていく。
「嬉しいんだ」
ちょっとでも。
「あと、ガキって言われた」
「あは、当たってる──」
「──オトナだったらガキって言われてもこんなに悔しくねぇのかなぁ」
何の事かとゆっくり味を確かめた。
カジは窓の外を眺める。
横顔がどこかかなし気だった。
何を見ているのか、あたしの予想は多分当たっている。
口の中が甘くて、ほろ苦い。
「はい。最後の一口あげる」
「……優しくてなんか気持ち悪い」
「いらないんだったら──」
「──嘘、いる」
それから、ありがと、って小さく聞こえた気がした。
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