第321話 ティラミス(前編)

 女子が考える仕返しの内容はまだ聞いていない。

教えて欲しいなぁ、という気持ちと、ちょっと怖ぇなぁ、という気持ちがぐるぐる回っていたのもある。

それから、まだ固まっていないから教えない、という女子のストップもかかっている。


 そして学生の本分も次々に進んでいく。


 午後から休みの昼の放課後、教室で昼ごパンを食べた俺は図書室に来ていた。

もうすでに始まっている学期末のテスト勉強のためだ。

他の生徒達も俺と目的は一緒のようで、ちらほらと席は空いているものの図書室は結構な人で溢れている。


 夏休み前のこの時期辺りから図書室はこういう感じになるのは恒例のようなもので、見たところ俺と同じ三年ばかりだ。


 ま、クーラー効いてっからなんだけれど。


 しかし座った席がまずかった。

クーラーの風が直に当たって寒いのだ。

一区切りという休憩でも挟むか、と腕を上げて背伸びをして静かに席を立った。


 図書室は二階に位置しているのでベランダに出られる。

少し陽に当たって冷えた体を温めよう、と引き戸をがら、と開けた時だった。


「おう、びくった」


「よ」


 透明のスプーンを持ったまま手を上げたのレンだった。

どうやら俺と同じく図書室でテスト勉強をしていたようだ。

机は受付の前だけではなくて、本棚の間や室内の奥にもあるので気づかないのはあるあるだ。

ちなみに俺は受付の前の大型テーブルの端っこにいた。


「ぼっち?」


「ぼっち。リョウも?」


「おん」


「珍し」


「何が?」


「クラキと一緒じゃない」


 にま、と笑うレンの隣にしゃがんだ。

ベランダの柵側を背に、いい感じに三角の影の中に入れたので眩しくないし、暑いっちゃ暑いけれどまぁいい場所だ。


「いつも一緒ってわけじゃねーよ」


「そ? どっちもくっつき虫だと思ってたわ」


 何だその虫は。

それぞれ色々あるべな。


 そんな女子はもう帰宅している。

何でも女子の親父さんの書道教室とやらが開かれているらしくて、いつも時間が合わないのでチャンス、と見学に行ったのだ。

俺らが知っているような教室ではなくて、デモンストレーション? のなんたらかんたらと言っていた。


 はぁ、とため息が出た。

また女子に一歩前に行かれてしまった感からだ。


「……で、何食ってんの?」


「ティラミス。中で食ってたら怒らりた」


「それはりるわ」


 図書室は飲食厳禁、ついでに司書の先生は怖く厳しい。


「食う? あーん」


 あーん、とひと口もらう。


 うむ、ぬるいけれどほろ苦いココアの感じと、クリームチーズのまったり甘いのと、スポンジ生地にしみ込んだコーヒーの苦いのがじわっと混ざる感じ。

こういうのって上の一層だけじゃなくて、上から下まで、ぐわっ、と全層一緒に食べてこそだよなぁ。

ごくん。


「……そういやさぁ、聞いた?」


 ちら、とレンを窺うと、かかかっ、とティラミスのカップに音を立てながら完食したレンは唇を舐めながら言った。


「どれよ? 企画の一年の事か、カジちゃんの事か、ミヤビちゃんの事か、この三択の内の一個かなとは思うけどん」


 かーっ、こいつマジ、こいつーっ。


「どこまで知ってんの」


「リョウが知るとこまでって言っとくー」


 レンはいつの間にか情報通で、俺が説明する手間もくれない。

それを言及するつもりはないけれど、少しだけもやつくのはあるっちゃ、ある。


「何、気まずい?」


「んー……ちゅーされてからまだ喋ってねぇしなぁ……合宿もあっし、顔合わせないなんて事もいかねぇし──」


「──ちょ、ちょ、巻き戻す。ちゅーって、お前が? カジと?」


 これは初耳だったらしい。

うんうん、と頷いてみせるとレンは大きく開いてしまった口をぱんっ、と手で閉じた。

続けて補足してやる。


「そんでシウちゃんがキレて、現在悪巧みちゅー」


 はしょった説明でもレンは察してくれるだろう。

というか、この悪巧みの中にレンが入っているだろうと思ったのだけれど、どうやらこれも初耳だったらしい。

懸命に頭の中に整理中か、右に左と頭が動いている。


「……さーて、勉強戻るべー」


 よいしょ、と立ち上がると、レンはまだ座ったままだったので、はいはい、と俺はレンの腕を引っ張った。


「ここでお預けかよ……」


 しゃーないしゃーない、受験生は勉強が第一っす。

ってか明日もテストだっての。


 そしてレンは俺の肩を組んだと思ったらこう言ってきた。


「なーんでリョウばっかモテんだ……俺の春はどこだー」


 だーからモテねーっての!

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