第320話 ミネラルウォーター(後編)
女子が教室に戻って来たのは帰りのホームルームが終わってから約一時間後の事だった。
「ただいまー」
真ん中の列の一番後ろの席の俺は、後ろの扉から入ってきた女子を頬杖をついたまま出迎える。
そして意気揚々な女子に、探さないでください、のメモを掲げた俺は、じとり、と見やった。
学校内のどこかにいると踏んではいたけれど、ホームルームが長引いたため一年十組のミヤビちゃんのクラスに急いだけれどもういなかったし、天文部の部室にも行ったけれどいなくて──学校広すぎて無理! となって、ライーンをしてみたけれどそれも既読がつかなくて、今である。
「おかえりの声が聞こえないな?」
そう言う女子は俺の前の席に座って肩からバッグを下ろして、やっとで携帯電話を出した。
「……おかえりぃいい」
「なーに? その言い方」
「なーに? じゃねーーーーよ」
言ってやりましょ、さぁ言いましょ。
俺は顔の前で手を組んで、神妙な面持ちを作った。
「シウちゃん」
「なーに?」
「あのねシウちゃん。俺、昨日言いましたよね?」
フォローは任せろってやつ。
「うん、覚えてるわ」
「んじゃなんで一人で行くんですかぁ?」
すると女子は、んー、と顎を上げて考えたかと思ったらすぐにこう言った。
「大丈夫だと思ったから?」
あやふやな疑問形な答えに俺は首をがっくり、と落とす。
それだと俺のフォローが間に合わないと何故思わないのだろう。
ブレーキをかける時は思いっきり長時間効かせるくせに、一回外れると制御不能だ。
一直線に周囲も向こう見ずに怖いものも知らないって顔で突き進む感じ。
「……イノシシウちゃんめ」
「む。どうしてそんな事言うの?」
「どーしても何もそーでしょーがよー」
一年生でも年下でもミヤビちゃんは男で、しかも憎んでるとかそういう──負の感情があるわけで。
昨日は俺に向けられたけれど、女子だけしかいなかったら女子にそれが及ぶんじゃないかっていうのを俺は考えていた。
そういうのも全部含めて心配があったから──。
「──私、頑張ったの」
するとまだ膨れっ面の女子が言った。
「クサカ君が居るってわかってたから出来たの。それにメモは置いてたじゃない」
つまり、女子的に噛み砕いて言うと。
「……待っててって、意味?」
「うん。だからただいまって言ったじゃない」
…………わかるかーーっ。
やっと今飲み込めたわ、何じゃそりゃあ!
はぁぁぁぁ、と深い深いため息をついた俺は机に突っ伏す。
女子は、つんつん、と俺のつむじをつついてきた。
「心配させちゃった?」
「……した」
「そっかぁ。私は安心して行ってきたんだけれどなぁ」
「えー……」
「あは、だってそうなんだもん。待っててくれてありがとう」
つむじつんつんから、なでなでに変わった。
顔を上げると微笑んでる女子がいた。
ずるいなぁ……許しちゃうなぁ……。
「……話、どうだった?」
とりあえずどうだったかを聞こう、と気を取り直す。
女子はまだ俺の頭に触れながら話し始めた。
どうやら昨日みたいな事は怒らなかったらしく、ひと安心する。
「姉さんは姉さんだったわ。私が知ってる姉さんも、ミヤビ君が知ってる姉さんも同じで……うんと懐かしくなっちゃった」
俺に話した女子の姉ちゃんの話は、俺に教える話だった。
二人がする姉ちゃんの話は、俺のとは違う。
今の女子の顔を見ればわかる。
かなしい、さみしいよりも、楽しさが見えていた。
「よかったな」
「うん。それと気づいちゃったの」
私も撫でて、と女子は俺の手を取って自分の頭に乗せた。
最初やられたみたいにつむじをつんつん押してやる。
はー、髪の毛さらっさら。
「気づいたって?」
女子は目を瞑ったまま頬杖をついた。
「──感情の置き場を探してるの」
女子は自分の中に、奥に閉じ込めていた。
ミヤビちゃんは女子に向けていた。
かなしいから変わってしまった
「……もう、あなたがそんな顔しなくていいの」
とん、と眉間に指をつかれてしまった。
「大丈夫。ミヤビ君が私に何かする事はないから」
「……ほんとにぃ?」
「ほんとにぃ。姉さんの話をしてる時のミヤビ君、楽しそうだったの。クサカ君の話をしてる時もね。私の好きな人ってばモテモテだわ」
俺はモテませんが。
そして女子はまた俺を驚かせる。
「それはさて置き、ミヤビ君に仕返しするから手伝ってほしいの」
「へ!?」
「んふふ、私は何もしないって言ってないしね」
楽しそうに微笑む女子は、もう変えられそうにない。
「あ、拒否権ないからね?」
…………お願いだから決める前に内容教えてくださいねぇ!?
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