第307話 アップルスティック(前編)

 今日は特別な、日。


 昼休みはノノカとカシワギちゃんの三人で食べる事が多い。

教室の真ん中の一番前の席に、隣の男の子の席を借りて机をくっつけて三人囲んで食べるのだ。

ちなみに今日のお昼ご飯は、父さん特製のファンシーなお弁当、キャラ弁というやつだ。


 あの大きな図体ずうたいと手で器用なのよね……。


「クラキちゃんのお弁当やば可愛いーっ」


「あっはっは! やばぁ、おかず全部に海苔とかで顔あるじゃん」


 そう、それが問題。

可愛いのだけれど、どいつもこいつも私を見てくるので──おりゃ。


「あ」


「あ」


 クマ型のハンバーグを真っ二つにして、はい美味し。

それによく見たら私の好きなおかずばかりだ。

チーズ入りの卵焼きにポテトサラダ、ひまわりに見える細工が施されているウインナー、しその実ごはんに父さんが漬けたお漬物もある。


「シウ愛されてんねー」


「そうかなぁ、趣味が高じてって感じもするけれど」


「んじゃあ、これも趣味が高じて」


 と、ノノカに続いてカシワギちゃんもバッグをがさごそとし出した。

はい、と出てきたのは──。


「──はぴばー、シウー。あーげるー」


「──おめでとっ。はい、プレゼントー」


 今日は六月十一日、私の誕生日だ。

周りのクラスメイトも聞こえたようで、次々とお祝いの言葉が飛んできた。


「あ、ありがとう。えへ、嬉しー……」


 いっぱいお祝いされると少し恥ずかしような、痒いような。

開けて開けて、と二人が急かすのでお弁当を中断して、ノノカからのプレゼントを開封する。

小さな紙袋から出てきたのはまた小さく細長い箱だった。

出してみると──。


「──綺麗な色」


 ローズクォーツ色のリップグロスは、つや、と淡く光っている。


「あんまメイク道具持ってないっつってたからさ、普段使いに一本って思ってさー」


 色はあんたに合うように厳選した、とノノカは歯を見せて笑った。


「あは、ありがとう。大事に使うわね」


 次はわたしの、とカシワギちゃんが急かすので袋のリボンを解いて、何々、と取り出すと──。


「──もしかして手作り?」


「うんっ、世界に一個だけだよっ」


 アンティーク調の布でパッチワークされているポーチで、ファスナーチャームが私の名前にある羽の形を選んでくれている。

服飾デザイン部でお裁縫が得意な彼女らしいプレゼントだ。


「……二人とも、本当にありがとう。めちゃくちゃ大事にするわ。大好き」


 そうしてくれたらこっちも大好き、と二人もはにかんだ。

汚さないようにプレゼントを袋に戻して、お昼ご飯を再開する。

するとノノカがこう言った。


「そういえばクサカは?」


 そういえば、と私も教室を見回してみたけれど男子の姿はない。


「四限終わってすぐに教室出て行ったの見たよ? 購買かと思ったんだけれど戻ってないねぇ」


「あー、そしたら部活かー……んや、他だな」


「ん? 他?」


 そう聞き返すと二人は、にや、と悪い顔をして前屈みになったので、私も釣られて前屈みになる。


「──シウの誕生日にあいつが何もしないわけないじゃーん?」


 あ。


「うんうんっ、なんだかんだでクサカ君ってそういうとこマメっていうかっ」


 う。


「放課後、邪魔しないからごゆっくりーぃ」


「報告待ってるからねっ」


 むぅん!


 からかわれたけれど、どっちも当たっててほしいな、と私はいつもの放課後、この教室でを楽しみにするのだった。


 今日は特別な日。

私は、十八歳になった。


 ※


 天文部の部室で俺は一人、机に向かっていた。

昼飯は早々に食べ終えていて、カードを前にペン回しをしている。


 んー……。


 頬杖をついてボールペンの反対側で頭を掻く。

昨日の夜も考えていたけれど、結局今も考えている。


 柄じゃねぇ事やるんじゃなかったかな……でもせっかくカードも買ったし、驚かせてぇし……ぬぅん……。


 そういう事じゃなくて、と俺は姿勢を正す。


 ただ、喜ばせたい。

そんだけ。

でも、それって結構難しい。


 十八か──あ、うん。

決めた。


 女子の字には到底かなわないけれど、丁寧に書こう。

俺なりの、俺の字で。


「……よし」


 ふーっ、と軽く深呼吸した俺はボールペンを走らせた。

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