第306話 オムレット(後編)
アタシはさ、自分で頭良くないってわかってるんだ。
学校の成績とかは普通だけれど、あ、この前赤点取っちゃうかもって焦ったけれど! 兄ちゃんたちに怒られるのヤだから頑張った! そんで、でも──こういうのって、考えても考えてもアタシの中じゃ答えみたいなもの、出てこないんだ。
だからもう、先に動くもんのままにしてる。
だって動くって事は、どうにかしたいって事だから。
「──レン先輩!」
「んぉ? ニノミヤ?」
今日はいつもより遅くなった帰り道で、もう暗いけれど街灯や車のライトで全然暗くない。
振り返ったレン先輩は音楽でも聴いていたのか、イヤホンの片耳を外してアタシに振り向いた。
「どったの。お前方向逆だろ?」
実はさっきまでクジラと一緒だった。
遅くなったから途中まででも送るけどって、めーーーーっちゃくちゃ嬉しいお誘いだったんだけれど、どーーーーしてもアタシが満出来なくって、なので、今度に回していい!? って頼み込んで、今アタシはここにいる。
すっごいすっごい、気になったから。
「レン先輩」
「何だー、どったのー」
俯いていたアタシだったけれど、顔を上げた。
「──先輩、何か隠してるでしょ」
そう聞いたすぐにレン先輩の動きが止まった。
わざとらしいまばたきは力が入っていた。
「……なーんもぉ?」
「嘘。だって皆と喋ってる時、先輩だけ変な感じしたもん」
そういう、気、みたいなやつ。
楽しい中に一つだけ不穏な、ぴりっ、とした静電気のような一瞬の空気みたいな。
アタシの第六感みたいなものが動いたんだ。
そう説明するとレン先輩は、ふー、と薄く息を吐いた。
「どこのバトル漫画の登場人物だよ」
まだはぐらかすの、とアタシは言い返す。
「──アタシ達の中の登場人物ですっ」
大きく一歩近づくと、先輩は少し体を反った。
「……お前、損な性格してんな」
「それはアタシが決める事なんで!」
そう言うとレン先輩は、ふっ、と笑った。
それから、話し出した。
「あんま、人に言うような事じゃねぇんだ」
「内緒にします。あ、じゃあこれと交換で」
アタシはバッグからお菓子の一つを渡した。
三番目の兄ちゃんが集めてるシールがついてるオムレットだ。
四つ買ってきてってライーンがあって、さっき通り道で買ったやつだ。
そして交換は成功したみたいで、レン先輩は棒状の歩道柵に軽く寄り掛かった。
「……もう一人追加って話、あるだろ?」
モデルの企画のモデルさんを増やすって話だ。
「その候補に、リョウの後輩が話に行くんだ」
その話は聞いた。
正直、アタシは参加する人は誰でもいいと思っている。
クサカ先輩の知り合いでも知り合いじゃないでも、一緒に楽しんでくれる人なら大歓迎って感じ。
「その後輩な……クラキを──憎んでるんだ」
クラキ先輩の後の声が小さかったけれど、はっきり聞こえた。
「何で!? ヤだ!!」
「ヤだって……そりゃ俺だってヤだよ。でも事情がな」
レン先輩は小さく、小さく教えてくれた。
周りは誰もいないのに、誰にも、アタシにも教えたくないように。
その後輩のカジ君って一年生は、クラキ先輩が嫌いで、その理由がクラキ先輩のお姉ちゃんがクラキ先輩のせいで死んじゃったせい、だって。
けれどそれは自己だってわかってるんだって。
……クラキ先輩のお姉ちゃんが、クラキ先輩を守ったん、だよね?
「そんで、クラキはカジを知らない」
「えっ?」
「姉ちゃんの彼氏だったカジの兄ちゃんとは面識あるんだ。けど、弟がいるってのは知らなくてな。クサカもただの後輩だと、思ってる」
カジはクラキに何かするかもしれない。
そう話し終えたレン先輩は息をついた。
深くて、深くて、解放されたような息だった。
今日ずっと一人でもやもや考えていたんだと思う。
「どうにかしてやりてぇって思ってんだけど、思うだけで何て言っていいか、していいかわかんなくてな」
レン先輩は自分の話をし出した。
レン先輩は中学の時、お母さんが病気で亡くなった時、荒れたんだって。
今は、今の通り。
アタシもアタシの話をした。
アタシのお母さんはアタシは生んだ時に亡くなった。
アタシの命を最優先にしたって、お父さんから聞いた。
アタシとレン先輩は愛してくれた人──愛した人を失くしている。
それはクラキ先輩もで、そのカジ君という後輩もだ。
愛した人は今、いない。
アタシはスカートを握って顔を上げた。
俯いてても変わらない。
だから、前を向いていく。
「先輩ありがと、教えてくれて」
アタシは部外者だ。
けれど、自分からはみ出したりしない。
知ったから、知っちゃったから、知らんぷりなんてもっとヤだから。
「……どーする?」
「どーもしないですっ」
にんまりと笑いながらそう言うとレン先輩は、はぁ? と、ちょっと怒った顔をした。
「だってまだ何も起こってないですもん」
「まぁ……確かに」
心配し過ぎを悪いとは思わない。
それだけ優しくて、好きが大きい人だと思うからだ。
「レン先輩、
「あ?」
「わけっこしたらちょっと楽になったんじゃないですか?」
するとレン先輩は、はっ、とした顔を見せて薄く笑い出した。
「そーだったそーだった。自分で言っておいてなー?」
「ん? ん?」
こっちの話、と吹っ切れたようにレン先輩は背伸びをする。
「ありがとな。何かあったらニノミヤを頼るわ」
はいっ、と返事をして、アタシは後ろに、先輩は前にと別れて歩き出した。
……ほんとは、何かしたいよ。
でもさ、カジ君って一年生の事何も知らないもん。
まだ良いとこ、何も知らないもん。
それに大丈夫だと思うんだ……クラキ先輩は一人じゃないもん。
少し歩いて前を向いた時、びっくりした。
「──クジラ?」
アタシに気づいたクジラが手を上げる。
小走りで近づくと、クジラは見上げてこう言った。
「……何か、気になって」
…………あは。
アタシの中の登場人物達って、みーんな素敵な人ばっかじゃない?
「何だよその顔。聞いてんのか?」
「ごめんごめん! なんでもない! けど、何かあったら言うよ!」
「……あっそ。じゃあ帰るぞ──送る」
「ほんと!? やったーっ!! めっちゃめちゃ嬉しーっ!!」
次じゃなくてもいいの!? とアタシは叫んじゃったのだった。
「あーあーあーあー、音量下げろー」
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