第308話 アップルスティック(後編)

 ──女が誕生日に欲しがる物って何だ?


 去年、女子の誕生日に俺はそう聞いた。

妹のヨリの誕生日は明日で、そんな時に女子の誕生日を知った。

こんな風に放課後の教室で、席の場所は違うけれど近くに座っていた。

衣替えをした俺も女子も夏服で、用意したお菓子をどちらとも言わずに俺らの間のにある机に置いた。


 今も、そう。


 教室の真ん中の列の一番後ろの席に俺、その前の席に座る女子は横に座っている。

膝の上には小説と携帯電話、俺も机の中に漫画本がある。

いつもの感じはもう何十回目かの事。


 けれど今日は、特別な日。


「ほい、今日のお菓子」


 だからいつもの感じで机に置く。

ちょっと豪華なのは、女子の誕生日だから。


「これ、あなたがラッピングしたの?」


「おん」


 ヨリや母さんに、やいやいやいやいごちゃごちゃごちゃごちゃ、言われながらも全部自分でやった。

こんなんした事ないし、けれど俺ってば手先器用系だったようで割とすんなり出来ちゃったりして。


 透明の袋の中にはワックスペーパーをキャンディ包み風に、これまたラッピングした菓子が数本ある。

そして女子が好きなピンク色のリボンで結んでいる。


「林檎のケーキ?」


「そ。アップルスティック。食べやすいかなって」


 もちろん俺の手作り、と言うと女子の顔が晴れた。


「覚えててくれたのね」


「当然。だから──誕生日、おめでとさん」


「ふふっ、ありがとさん」


 開けても? と聞くので、もちろん、と答える。

それに、俺も食うし、と言うと、もちろん、と答えが返ってきた。


 今日は全部俺がおもてなしする。

誕生日ケーキは手掴みで、がルールの女子に倣って今日は手掴みで食べる。

ウェットティッシュを出して手を拭いて、女子はゆっくりとリボンを解いていく。


「私が教えた作り方?」


「ちょっとアレンジした」


 女子のは大きいのを切り分けたタイプ、俺のは焼く前から細長く切り分けたタイプ。

定規みたいな形をしている。


「ほんとね、このタイプも美味しそう」


 では改めて。


「いただきま」


「いただきま」


 昨日も味見はしたけれど、どうだろうか、と女子を窺う。

さっくり焼きあがったパイ生地に、きらきら、と艶めく林檎が、ぐにゃり。

控えめのシナモンが微かに香って──。


「──ピンク色のアップルパイなのね」


 そう、赤い皮を煮だして林檎の実に色付けした。


「可愛いし美味しいし、やられたわ」


「ふっ、やられた?」


「うん、大好き以外言えないの」


 俺は、にま、と笑ってしまった。

よっしゃ、と頭の中でガッツポーズもしている。

けれど気恥ずかしいので食べて、一本食べ終わってまだ咀嚼している途中でもう一つ、俺はプレゼントを机に出した。


 これまた、細長い箱。


「……プレゼント?」


 ごくん。


「うん」


 開けても? と言うので、もちろん、とまた答える。


 このプレゼントはめっちゃ考えた。

二ヵ月前くらいから決めていて、小遣い稼ぎに母さんのダンス教室の手伝いも多くやったし、別の日雇いバイトも休みの日にやった。


 女子は静かに箱を空ける。


「わぁ……すっごい素敵」


 この顔。

これ見れただけで大変だったのとかとか、全部なくなる感じ。


「持ってた?」


「ううん、初めて。綺麗……星空を閉じ込めたガラスペンなのね」


 透明のガラスの中を深い藍の色が泳いでいて、星屑のキラキラが緩く光っている。


 俺は女子の字が好きだ。

書いてる時も、書いた後も好きで──きっと、女子もそんな自分を気に入ってるんだと思う。


「ふふっ、似合う?」


 ガラスペンが細長い指に握られた。


「ありがとう。本当に嬉しい……」


 すると女子は俯きがちにこう言った。


「……ほんとはね、怖かったの。誕生日来るの」


 ……うん。

そんな気、してた。


 俺は女子の真正面──横を向いている女子の隣の席へと移動して、膝の上にある手を取った。


「話して」


 女子は俺の手を緩く握り返した。

片手にはまだガラスペンが握られている。


「……姉さんと、同じ年になっちゃった」


「うん」


「姉さんより年上になってくのね、と思ったら……上手く言えないのだけれど」


「うん」


「こうやってお祝いしてもらえて嬉しいのに、嬉しがっていいのかなって、思っちゃう自分もいるの」


「うん」


「……ふふっ、うんしか言わないのね」


 俺は女子の手を繋いだまま自分のバッグに手を突っ込んだ。

手探りで、あった、とそれを取り出す。


「……なーに?」


 二つ折りのメッセージカード。


 俺は女子のお姉さんに会った事もないし、喋った事もない。

写真と、女子が話すお姉さんしか知らない。

けれどきっと、凄ぇ人なんだと思う。


 きっと、俺と同じくらい女子を好きなんだと思う。


 俺が贈った字は、こう。


『この十八歳は志羽ちゃんだけのものだ。

志羽ちゃんは志羽ちゃんらしく。

たまにらしくなれなかったら、いつでも俺はいます──椋』


 黙読した女子がゆっくりと顔を上げる。

目が真ん丸だ。


「……なーに泣いてんだよっ」


 人差し指の背で目の下を拭ってやる。


「嬉しいのが、限界突破なんだもん」


「何だそりゃ──」


「──あなたを抱き締めたいって意味よ」


 と、女子は俺の首に抱きついてきた。

耳のそばで小さく聞こえる。


「ありがとう……リョウ君を好きになった私、グッジョブ」


 女子らしい──シウちゃんらしいお礼に俺は笑って、抱き締め返したのだった。

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