第303話 水出し珈琲(前編)

 この時期は暑いんだかぬるいんだかよくわからない季節だ。

制服の衣替え期間も五月の中旬から六月の中旬までと、ふわっ、と決まっているもんだから今日も学ランな俺なわけだけれど、やっぱもう夏服にしとけば良かった、というくらい今日は天気が良い。

学ランを脱げばそこそこ涼しいし、今はシャツの袖を捲ってるのでより良いか。

しかしこういう事もしなきゃなんない企画ってのは、めんどくさいんだな、の一言も今言う。

あ、訂正する。

以前、女子に化粧した方がいいんじゃねぇの、なんて事を言ってしまったのでこの言い方は怒られるやつだからだ。


「──色々大変なんだな、化粧って」


「ねー。別に大丈夫だと思うのにねー」


 腕の内側には数種類の化粧のパッチテストなるものを塗られている俺とコセガワ、そしてカトウはひと休みの水出し珈琲を飲んでいる。

からら、と珈琲に浮かぶ氷を揺らせてはひと口、苦いけれどすっきり美味い。

カトウはガムシロップを二個入れていた。

好みそれぞれ、美味いそれぞれだ。


「テストは大事です。それに部の記録としても色々残しておきたいんで、簡易的なもんですけれど協力お願いします」


 イチノセはカラー表みたいなものを掲げては俺達と見比べている。


「今のとこ痒みとかないですか?」


 なーい、と三人の返事に、今度はミッコがカトウの後ろに回って髪をいじり出した。

というか、さっきからいじられてはいるのだけれど。


「んー、どうしようかなぁ」


 ミッコが器用なのは知っていたけれど、改めて学校忍び込んでまでとかの行動力は凄すぎでは?


「んー、カトーは前髪長いんすよん-」


 カトーは前髪を左右に分けていて、鼻の下辺りまで長い。

俺と違って直毛しゃきーん、という髪質らしい。


「そうだなぁ、アイロンでクセつけてやって、ふわっと感出すのも印象変わるかも」


 例えば、とミッコが前からカトウの髪をいじり出した。


 カトウ、顔、顔。

すんげぇ事になってんぞー、気持ちはわからんでもないけれど耐えろー。


「──あれ? いつの間に着替えた?」


 ミッコはジャージ姿だったのだけれど今は下はジャージ、上はティーシャツになっている。


「さっき隣の教室で。走らされた挙句、あの階段で汗かいたからさ。って、何か久しぶりじゃん?」


「ん?」


 また珈琲をひと口飲む、ミッコも珈琲をひと口飲んだ。


「美味し。や、中学ん時さ、こんな風に集まってよく駄弁ってたなーって思って──ほい、クジラ君、どう?」


 確かに懐かしい感じがする。

何があるってわけじゃないけれど、皆して何か残ってくだらない事駄弁ってた。


「花との兼ね合いもありますけれど、はい。これなら顔面の柔らかさも出ますね」


 花……。


 メイクもだけれど、俺達はまだ何も決めていた。

この部室にある花は何となく見たけれど、やっぱりちんぷんかんぷんだ。

それを踏まえてか、タチバナとレン、他の女の子達はテーブルに集まって写真やら本やら実物やらで検討している。

ちなみに俺達は窓際にいる。

あ、タチバナはカフェオレにしてら、残ってたら俺もそれおかわりさしてもらお。


「三人は花の事何か聞いてんの?」


「ふわっと……んでもわかんねーからなぁ」


「せっかくだから口出ししたいよねー。好き嫌いはあるんだし」


「もちろん言ってください。その方が色んなもの見えてくると思いますし」


 するとカトウは間髪入れずにこう言った。


「──じゃあ女くせーのは嫌だ」


 お?


 俺を含め、四人がカトウを見る。


「前の企画写真見せてもらっての感想みてぇなやつですけど。俺があんな被ったり背負ったりすんのは違ぇかなって──…………今のなしで」


 ふいっ、とそっぽを向いたカトウの首が赤かった。

けれど今のをなしにしないのも、黙らないのも俺達だ。


「かっこよっ。どきっとしちゃったよ!」


「俺も俺も。熱い熱い」


「ほんと。前に抱けるとか言ってごめんよ。逆に抱いてって感じ」


「……カトーの意外な一面に俺どうしていいかわかんねぇ」


 言い返す言葉も探さず帰ろうとするカトウを必死に止めた俺達はとりあえず一息つく。

ついでに髪の毛どうこうはコセガワの番。


「気になったんだけれど、一年生っていないんだね」


 ふとミッコが言った。

メイク部や写真部からは見学で一年生がくるらしいけれど、モデルはこの三人だけだ。


「来年もやるんなら巻き込んでた方がいいんじゃね?」


 そう言ったカトウの声が聞こえたか、タチバナがこっちを向いていた。


「──来年もやる。じゃあ一人追加します。未定の一年入れて四人。それはチョウノが花の担当で」


「えっ!? あ、え!? わ、私!?」


「って事で誰か一年に知り合いいますか? そこの三人より顔がいい奴」


 おーおー、わかってっけど言ってくれんじゃねぇかタチバナー! って、一年っつっても部活の後輩くらいしか──


「あれ? シウは? ノノカもいなくない?」


 そうミッコが言った時、部室の扉が開いた。

ノムラと、少し後ろから女子が入ってきて──。


「──ごめんミッコ制服借りた! どう?」


「あっは! へーんな感じ! でも似合ってんじゃん!」


 女子がミッコの学校の制服を着ていた。

セーラー服ではなくて、チェックのスカート、シャツにネクタイ、セーターを腰に巻いている。


「んふ、どうかな?」


 恥ずかしそうな内股はいつもよりスカートが短いせい。

だから俺はすぐさま跪いて携帯電話を構えたのだった。


「えへ、可愛く撮ってね?」

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