第302話 レモンパイ(後編)

 ひぃはぁ、と遅れて旧校舎の生物部の部室にお邪魔すると、すでに皆はテーブルに集まっていた。

過去最多の人数なのでは、と面々を見る。


「クラキ先輩お疲れ様ですーっ!」


「お疲れ様です……まだ始めてもないのに随分お疲れの様子ですけれど?」


 元気いっぱいのクラゲちゃんに、心配してくれている? クジラ君の、メイク部の二人が出迎えてくれた。

旧校舎までの階段は疲れるのです。


「先輩こんにちは! もうそろそろかなって話してたとこなんですっ」


「ちわっす。前回の経験者なんでアドバイスよろです」


 今日もちっこい可愛いチョウノさんに、食器を出しているでっかいタチバナ君の、生物部植物科の二人は、美味しい匂いの準備をしているようだ。


「遅いよシウー」


「まぁまぁ、おとりになってくれたんでしょ?」


 すでに着席しているノノカと、微笑むコセガワ君の、生物部動物科の二人は、ここに座りな、と手で示してくれた。

生物部として参加は当然、コセガワ君は今回、モデルとしても参加する。


「げ。やっぱいるんすね……」


「カトーその言い方よくないっ! こんにちはー、あたしもお邪魔してまーっす」


 モデルとして強制参加させられたカトー君に、付き添い兼遊びに来たムギちゃんは、美味しい匂いの正体を差し入れしてくれたようだ。

テーブルの真ん中に置かれたそれは見ただけでもう美味しい。


「レモンパイだってよ。そっちのチョウノさんと昼休みから仕込んでたんだと。今日はよろしくぅ」


 説明してくれるレン君は、写真部。

本番では後輩の二年生がお手伝いに来てくれるらしい。


 そして、男子がいた。

モデルとして参加する彼は私に微笑む。


「よ。先生は上手く誤魔化せたか?」


 もちろん完璧に、と微笑み返しをしてテーブルのレモンパイをまた見る。

さっくり、としてそうなパイ生地に、中は切らないと見えないけれど、薄く焦げ目がついたメレンゲの角達が食べたい欲をそそる。


 はい、そんな事より──。


「──ミッコちゃん、そんな端っこでどうしたの?」


 私が言うと、他の面々もミッコちゃんに注目した。


「あ……こ、こんなに人がいるとは思わなくて、ですね……」


 どうやら緊張と恐縮の中にいるようだ。

確かにこの人数の中で、しかも他校で忍び込んできたミッコちゃんだ。

初めましての後輩達もいるし、いきなりリラックスして、というのも無理な話だ。

じゃあまずやる事は決まっている。

私はテーブルを一度離れて、ミッコちゃんの腕を引いて戻った。


「はいミッコちゃん、自己紹介しましょう」


 初めましては、初めましてから。

う、うん、とミッコちゃんは軽く息を吐いた。


「は、ハナブサミツコです。高三です。今日は見学を許可してくれてありがとう」


 頭を下げて、上げたミッコちゃんの耳が赤い。

ここでミッコちゃんに会った事がない三人──タチバナ君とチョウノさん、カトー君も軽く頭を下げた。

他の面々は私を含めもう顔見知りだ。


「……さすがに他校生ってヤバくないっすか? 俺とばっちりヤっすよ?」


 はい、カトー君が空気を読まないのはもう慣れました。


「大丈夫。お許しを得たわ」


「ん? 誤魔化せたんじゃ……あー、おけ。もうつっ込まない」


 空気を読む男子は好き。

するとタチバナ君がゆっくりとミッコちゃんに近づいた。

背が高い彼を見上げると少々首が痛い。


「タチバナです。何かあった場合は俺が責任取るんで。企画発案者ですし」


「え、えと──」


「──見るからにここの先輩方より先輩っぽいんで頼りにしてます。よろしくです」


「そ、そう言ってくれると有難いけれど……視線痛いなぁ……」


 私を含め、三年生全員がタチバナ君とミッコちゃんを囲んだ。

今の発言は聞き捨てならない。


「にっひっひっ、じゃあミッコ先輩こっちにー! チィちゃんとクラゲちゃ──じゃなくてクジラ君、お菓子の用意しよー」


 何でアタシ呼ばれなかったの!? というクラゲちゃんと、やれやれ、とため息をつくカトー君をよそに、三年生組はタチバナ君に物申した。


「誰が、頼りにならないのかしら?」


「企画の許可取りに行ったのアタシなんだけどー?」


「いつもより植物科の方手伝ったけどー?」


「俺が何だって? 言ってみ?」


「部は違っても同じとこにいんだろー?」


 するとタチバナ君は表情一つ変えずにこう言い放った。


……ところであっち、もう食い始めてますけど食わないんすか?」


 何ですって、と私達はまたテーブルに集まって、まずは腹ごしらえ──レモンパイを食べ出したのだった。


 モデルの企画の準備開始──いただきます。

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