第304話 水出し珈琲(後編)

 ミッコちゃんの制服に着替えた私、そして私の制服に着替えたミッコちゃんの間にはタチバナ君がいる。

そして大きな花の図鑑を私達は見ていた。

教室ほどの広い部室の真ん中に設置された大きなテーブルには、それぞれ何かしら作業しながら座っている。


「目移りしちゃうわね」


「わかる。迷いに迷いが混ざるー」


「全部発注して実物見たい……」


 それも素敵、と思ったらまさかのクラゲちゃんにチョウノさんも止めて、ムギちゃんが笑った。


「えっ、それって総額いくら?」


「駄目でーす。部費が足りませーん」


「にっひっひ! チィちゃんしっかり者ぉ」


 どうやら部費の管理はチョウノさんがやっているようだ。


「まじチョウノちゃんいて助かる。こいつ意外とどんぶり勘定でさー、動物科の予定費用も回した事あるし」


 ノノカも、やれやれ、と頬杖をつきながらタチバナ君に注意を促す。

そしてレン君が、気持ちはわからん事もない、とこう続けた。


「出来る範囲でいかに上手く回すかだな。で? タチバナのイメージは?」


 タチバナ君が淹れてくれた水出し珈琲はすっかり氷が小さくなってしまっている。

カフェオレにしたタチバナ君はそれを飲み干した。


「ふぅ。今回はメイク重視でいきます。先輩とニノミヤとは違う感じです」


「花を髪に編み込むような事はしない?」


「です。足にもしません」


 私に施されたメイクも濃いと言ったら濃かったような気もするのだけれど、一体どういう事だろうか。


「さっきカトウが言ったやつ、あれいいと思うんです」


 どれ? と私とノノカは首を傾げた。

そして教えてくれたレン君を見て、聞いてなかった組は驚いてしまった。


「──、だってよ」


「え、カトー君病気?」


「おま、酷ぇな。タナカの前だぞ?」


「失礼、焦ったわ。へー……」


 と、聞こえたらしいカトー君が盛大な舌打ちを見せてくれたのだけれど、それでも私のにまにま顔は止まらなかった。

以下、皆も同じだった。


「で、今回、俺ら花係は花束系にしようかと考えてます。これならチィも作りやすい」


「ちっ! タチバナ君っ、皆の前では──」


 どうやら、チィ呼びがまだ慣れない様子だ。

けれどタチバナ君はいつもの顔で。


「──駄目なの?」


 と、聞き返すものだからチョウノさんはどもりながら、駄目じゃないですぅ、と降参した。


「ふむふむ。でもそれだと贈られる人のイメージにならない?」


「そこが考えどころです。ただ似合わない色は持たせたくない」


 少し例えて話しましょう、とタチバナ君はクジラ君を見た。

彼は今、男子の髪をいじり倒しながらぶつぶつと念仏のように何かを呟きながら熱中うしている。


「イチノセがニノミヤに花を贈るとしたら」


 なるほど……クジラ君が似合う色を連想して、つクラゲちゃんの事を考えるのね。


「クラゲちゃんが好きな色は?」


「ピンクです!」


 ふーむ、これは色というより人を見なきゃなんだわ。

クジラ君は可愛いものが好きな男の子で、クラゲちゃんは可愛くなりたい子。

関係性を一番に考えるなら──と、捲られた花の図鑑に私が想像するものがあった。

皆も考え中だけれど案は出していきましょう。


「これはどう?」


 クジラ君は色とりどりのメイク道具で人を──クラゲちゃんを、喜ばせる人だ。

そしてクラゲちゃんは大きくて可愛らしい人だ。


 赤とピンクの間の色の花弁は、ひらり、と可憐で、けれど強い色をしている。


「可愛い花……ベコニアかぁ」


「これって花束にするのは難しい、よね?」


 チョウノさんの言葉に、作る方も考えなきゃなのね、と思ったらタチバナ君が紙にペンを走らせた。


「いえ、全部が同じように包まなきゃって考えじゃなくていいです。手に持つ、って言った方がいいですかね。例えばニノミヤは豪快だから──嫌な意味じゃないからな?」


「いーよー、わかってるもん!」


「ん。紙に包んだり紐で結んだりよりは、こういうバケツみたいなやつに寄せ植えてやって……片手で持つより両手で抱えるって感じの方が、、ような」


 しばし皆黙って想像する。


 ……うん、素敵だわ。

バケツの可愛い花はクラゲちゃんのいっぱいの気持ちみたいで、それを抱えるクジラ君もいつもの感じがする。

何だかんだで面倒見が良くて、守ってあげてる感じ……大きな花束だわ。


 するとクラゲちゃんは勢いよくテーブルに突っ伏した。


「───そんなの、嬉しくって泣いちゃうよ」


 きっと、これを持ったクジラ君を想像したのだろう。

わぁ、と顔も耳も首も真っ赤にするクラゲちゃんは今にも泣きそうに喜んでいて、笑っていて、こっちまで照れそうだ。


「うん、うん。葉っぱの緑も強いからグリーン系のアイメイクとかで合わせても面白そうかも。リップも色遊びしてもいいかもね」


「そんな感じです。どうっすかね」


 いいと思う! と皆が賛成する。

もちろん私も賛成だ。

こういう感じで考えていこう、とした時、ノノカが私とミッコの背中を叩いた。


「──はい、制服交換ごっこ終了ー。先生に見られたらアウトだかんね」


 ちぇ、もうちょっと着ていたかったけれど仕方ない、と私とミッコちゃんは一旦部室を出るのだった。


 ああ、楽しくなりそうだわ。


 ※


 ──やれやれ、賑やかしいな、と俺はおかわりの珈琲のポットを手にメイクについてわちゃわちゃやっている窓際へと来た。

タチバナの女のしゅうにひと息か、こっちへやってきた。


 写真係の俺は今のとこ何もやる事ねぇけど、全体把握は大事だからなー、空気感とか。


「すいませんレン先輩、追加の一年の事なんですけれど誰かいませんか?」


 そんな話もしてたな、とおかわり所望のグラスに珈琲を注いでいく。


「レンとこの写真部の一年は?」


 と、リョウが言った。


「あー、撮りてぇって方に回っちゃうんじゃね?」


 そりゃそうか、とリョウは下唇を指でいじる。

これは何か言いたいやつだ。


「いんの? 心当たり」


「あー、うん。──」


 ──しまった。


「じゃあそいつで」


「タチバナ早ぇよ。まずはやるかやらねぇか決めさせたれ……アマネ先輩?」


「……あ? え?」


 カトウの怪訝な顔に俺は自身の頬を撫でて誤魔化す。

そしてコセガワがリョウに聞いてしまった。


「とりあえず聞いてみるだけ聞いてみなよ。何君?」


 ──まずい、リョウ、言うな──。


「──カジって奴なんだけど」


 もう遅かった。

リョウは何も知らない。

カジが、クラキをどう思っているか。


 俺は今、隠せていないと思う。

不安が、ゆっくりと滴り落ちるのが。

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